003
「!」
唐突に目が覚める。見慣れた天井……と思っていたら、美少女の顔が現れた。アリーだった。
「目が覚めましたか?」
全て夢ではなかったようだ。アリーがこうして現界している限り、シキの魔力は常に消費されるし、乱される。
アリーの顔をどけて、シキは上半身を起こす。いつもの寮の自室だった。左手の傷は塞がっていた。教職員の誰かが治してくれたのであろう。
「アリー」
「はい、何でしょう!」
ベッドの横に座るアリーは呼ばれて嬉しそうだった。
「君は誰なの?」
「アレクサンドラです」
「いや、名前じゃなくて。私が喚んだのは……妖精国の女王だ」
再び金色のナイフを取り出す。これは確かに女王からいただいたものだ。なぜ、これを触媒にして彼女が召喚されたのか。
「あぁ、それ、私の姉です」
「姉!? じゃあ君は王女様なの!?」
「あはは……一応そうなりますね……。でも、姉から〈狂戦士〉は私の城に相応しくありませんって追い出されちゃいまして」
〈狂戦士〉が〈狂戦士〉に引き寄せられて召喚されたというのか。そんな馬鹿げた話、聞いたことがない。
「お姉さんと、あまり似てないんだね……」
「歳、離れてますからねー。あはは……」
これからどうしたものか。学園の規則に縛られているシキは、少なくともあと二年弱はここから出ることができない。
「これからどうするつもりなの?」
「え、シキについていきますよ」
当たり前のことを聞くなという感じだった。しかし、今回シキがぶっ倒れた理由は彼女にある。魔力の大食い食らいかつドメスティック彼女だ。魔力量が多いと言っても、シキは普段自身の魔力について感じることはなかった。しかし、今は体内の魔力が乱れるのを感じている。ありたいていに言えば気持ちが悪い。
「具合、悪そうですね」
心から心配してくれてそうなアリーに対して、「お前のせいだ」とは言えなかった。アリーの両手がシキの両肩に乗る。手の感触は人間のそれと大差なかった。
馬鹿みたいな力で押し倒された。まるで反撃ができなかった。妖精とは皆こんなものなのか。
シキの体に降ってきたアリーの体は思っていた以上に軽い。だが、なぜ上に乗ってきたのか。
「魔力が暴走してますね」
「君のせいだよ」
二回目はちゃんと事実を伝えた。
「だからわたしがちゃんとしますね」
「しますって何を――」
美少女にキスをされた。シキの人生の中で初めての経験。ファーストキスというやつだ。
「何をする!?」
引き離そうとしたがダメだった。精一杯シキが力を込めて押し返しても、お互いの顔のすき間にできたのはニセンチほどの空間だけ。
「わたしとシキの間で魔力を循環させているだけですよ」
今度はセカンドキスを奪われる。しかもただのキスでない。体液の交換を伴うものだ。
「んっ……」
息が苦しい。こういう時は鼻で呼吸していいのだろうか。そんなこと教科書には書いていなかった。迷った末、シキは呼吸を止めた。顔が熱くなるのを感じる。酸欠だろう。
アリーは言動を見るよりも気遣いのできるやつだった。シキの呼吸が苦しそうになったら、少しの間だけ唇を離す。また、タイミングを見計らっては唇を奪っていく。何度かそれを繰り返すと、不思議と吐き気はなくなっていた。まだ全身の気だるさは残っているけれど、これは慣れるしかないかもしれない。
「どうです? 少しは楽になりましたか?」
とても晴れやかな笑顔だった。妖精に下心なんてないんだろうな。
「本当はセックスした方が効率的だと思うんですけど、このくらいの魔力消費ならキスで大丈夫でしょう」
「セッ……!?」
シキが十七年の人生で一度も発したことがない単語だった。最後まで言えなかった。
「あぁ、初めてですか。大丈夫、優しくしますよ」
怪力を目の前にして説得力がなさ過ぎる。
シキは如何に魔力消費を抑えるべきか思考する。得意ではないそうだが、彼女に魔法を使うのはよしてもらおう。あとは……。
「ねぇ。省エネモードみたいのないの? 霊体化とかさ」
「わたしにそんな器用な真似ができるとでも?」
無理か……。
「大丈夫。毎日キスしてれば体調不良にはなりませんって」
毎日。毎日と言ったか、こいつは。シキは驚きと恥ずかしさで何も言い返せなかった。
◆ ◆ ◆
「わたしからも聞きたいことがあるのですが……。こちらはどういった場所なのでしょうか」
妖精がある程度人間の知識を有していても、この学園のことは詳しくないだろう。何せ意図的に秘匿されている。
シキは簡易的に、この学園――国立東京魔術学園のことを話した。学園名から分かる通り、魔術師を育成するための機関である。東京のどこかにあるらしいのだが、詳しい場所は明らかにされていない。
学園は単位制であり、学年というものは存在しない。次の要件を満たした時のみ、卒業が許される。
一つ、必須単位の取得。これはそんなに難しいことはない。シキはこの条件をすでに満たしている。
一つ、三年以上の在籍。こちらはあと二年必要である。ちなみに五年以上の在籍は退学扱いとなる。
一つ、規定の試験に合格。試験は定期的に開かれる。シキはまだ全ての試験を受けきれていないが、今のところ全て合格している。
一つ、見習い魔術師である生徒を五名以上殺害している。こちらもシキは余裕で通過している。
ちなみにペナルティの蓄積や規約違反などによる退学処置は、それはすなわち殺処分を指す。冷酷な魔術師だけが、この学園から出ることが許されている。
さらに試験や授業ではもちろんのこと、先のシキのように決闘による死亡事例は日常茶飯事である。決闘は両者による承認が必要とされるが、それは一般生徒同士の話であり、奨学生であるシキには断る権利がない。さらに〈狂戦士〉という特性上、周りからかなりの反感を買っているので狙われるのは常である。規約上、生徒同士の殺し合いは決闘によるものとされているが、バレなければ暗殺も黙認される。
「一言で言えばトチ狂った学校なんだよな」
最初はシキも受け入れられなかった。しかし、初日から命を狙われ続けた結果、たくましく育ったのだ。
「もうシキが全員殺しちゃえばいいんじゃないですか」
「……それだ」
どれだという話ではあるが、案外妙案かもしれなかった。常に人が入ってくるからゼロにはできないが、驚異の種は卒業前に摘み取るのが手っ取り早い。
そもそもシキは魔術師が嫌いだった。魔術も嫌いだ。そんなものこの世からなくなってしまえばいい。
「シキ、お腹が空きました」
アリーの腹が鳴る。コスパの悪い妖精め。
「じゃあ食堂に行こうか」




