023
ちょっと早いが夜食のお時間とした。ベッドの上に広げられているのは、ジャンキーなスナック菓子とチョコが香る系のお菓子。なんて魅惑的な空間。
待て状態のアリーはポテチの袋の前で膝を抱えている。
「ところで何で君がここにいるの? 部屋間違えてるよ」
シキの真隣にはジャンキーなお菓子が似合わない娘がいた。学園指定のジャージを寝間着にしているわけではなく、ネグリジェと称される大人っぽい布地を身に纏っている。この屋敷の主のヒオリだ。
シキはとりあえずポテチの袋を開けてやり、アリーに「こぼさないようにね」と渡す。
それからヒオリの方に顔を向けようとしてやめた。言葉通り彼女はシキの真隣にいるのだから、そちらに顔を向けようもんなら顔が近くなる。
「ここは私の屋敷ですよ? どこにいても問題ないでしょう?」
居候の身のため、言い返す言葉が見つからなかった。
「女子会というやつですよね? 私やったことないんですよ」
全然女子会を催すつもりなどなかった。お菓子はあくまでも口寂しさを紛らわせるものだ。本来の趣旨は特別授業の対策を練るため、参戦者の情報に目を通すことだ。
「こういうお菓子も食べるの初めてです」
ヒオリはチョコをまとった棒状のお菓子の箱を手にする。お嬢様だから、お菓子も良いものを食べていたのだろう。
「お菓子が食べたいなら好きなの持っていっていいからさ、自分の部屋にでも戻りなよ……」
「そんな邪険にしないでください」
するりと右腕を絡め取られる。そのまま耳元で「私がいた方が効率よくないですか?」と言う。体温が上がるのを感じたので、慌ててシキは顔を背けた。
「あれー、もしかして耳弱かったりします? ねぇ、先輩。どうなんですか」
後輩からの猛撃をかわしながら、ポテチを食べ終えたアリーの方へ体を動かす。冷静に考えれば、逃げる先はベッドの外にするべきだった。
ポテチを掴んでいた指のうちの一本であるアリーの人差し指が、シキの口に突っ込まれた。「んぐっ」と詰まったような声が出る。先に進むと喉に指が刺さるので一度止まった。
「いだっ……」
少し下がろうとしたところで、アリーの第一関節が下の前歯に引っかかった。思わず唾液が垂れそうになって吸うと、舌が上に動いたのでアリーの指を舐める形になった。
「っ……!?」
びっくりしたのはアリーではなく、シキの方だ。
「塩と油がついてしまったので拭い取ってもらえますか?」
「…………」
一瞬思考が止まったけれど、シキはまともな考えを導く。アリーの腕を持ち、己の口内から指を抜いた。
「そこにウェットティッシュがあるでしょ」
アリーは人の話を聞いているのか、聞いていないのか、自分の指を舐めた。シキの口の中に入っていた指をである。「なんかえっちですね」と後ろから声がした。
舐めてからシキはウェットティッシュを手に取り指を拭う。舐める必要あったか?
たかがお菓子を食べるだけで精神力が削られていく……。
シキは二人の中間地点に腰を据える。開けるお菓子にも気を使わなくてはならなくなった。指先が汚れるものはナシ。あとはなるべく一口で食べられるものが好ましい。
考えた末、シキが手に取ったのは一口サイズのパイ生地のお菓子だった。中にチョコレートが入っているやつ。
「はい」
シキはそのお菓子を一つ摘み、アリーの口に放ってやる。
「先輩、先輩。私にはないんですか?」
「君には開けたばかりのお菓子があるじゃない」
「もう冷たいですねぇ。私の機嫌は取っておいて損はないと思いますけどー」
文句を言いつつ、ヒオリはやるべきことを進める。ベッドに置いていたノートパソコンを全員が見えるようにして開いた。
「今度の特別授業では特に注意していただきたい生徒が三人います。もちろん三年目で卒業要件を満たしていない輩も注意するに越したことはありませんが、まぁそのあたりはご自身で確認をしておいてください」
卒業要件を満たしていない、ここで意味する要件はただ一つ、殺害人数の話だ。
「まず一人目です」
ヒオリが映したのは、明らかに隠し撮りをした写真だった。この点については触れないでおこう。プロフィールが用意できなかった、ということは特待生なのだろう。
写真の人物は男女ともつかないやつだった。身長はどっちにでもとれる。女性にしては高めかなと思うが、男性にしたらそんなもんかという感じ。スラリとした体型で手足は長い。目鼻立ちはハッキリしていて女性受けが良さそうだ。オレンジがかった茶髪は女性にしては短くて、男性にしては長め。
冬服の写真であったので、シキはブレザーを確認した。ボタンが左胸側についている。トランスジェンダーでない限り、肉体は女性であるらしい。
「先輩はご存知でなくて? 二年目の生徒なんですが」
シキは友達がいない。そして、この学園にはクラスという概念がない。他人を知るきっかけなど決闘くらいしかない。
「知らないな」
「先輩は本当に世間知らずですね」
ポテチを食べたことがないやつに言われたくない台詞だった。
「彼女は春夏冬愁。こんな名前であんな見てくれですが、女性です。名門春夏冬家の跡取り娘ですね。知らない先輩のために補足をしておくと、春夏冬家は京久野に負けじと劣らない名門なので、私と同じような策略は当たり前にこなしてきます。わざわざ先輩と同じグループになったということは、何かしらのちょっかいをかけるつもりでしょうね」
世の中にはお金持ちがゴロゴロといるのだなぁと切ない気持ちになる。
「アキナシ家の魔術の系統は炎です。物理攻撃が阻害される系統なので、先輩との相性はあまりよろしくありません」
「それは君もだろう」
京久野家は、ヒスイの魔術から察するに氷系統だ。もちろん、氷は熱さに弱い。
「私の氷は並大抵の火では溶けません」
強がりだろう、とシキは思った。
「そもそも、どうして彼女が同じグループだって知ったの? 特待生の情報は出ないんでしょ」
「向こうからメッセージがきました。よろしくと」
顔見知りのようだ。名門同士、学園外での関わりがあるのかもしれない。
「そしてこの女は小賢しくてですね、自分の下に優秀な生徒を何人もつけています。派閥みたいなものでしょうか」
ヒオリも同じことをしているように思えた。怒られそうだったので、シキは口を閉ざす。
「もちろん今度の特別授業でも配下の連中が何人も混ざっていますが、特にこの二人は集中的に潰したいですね」
「潰すなんて物騒な」
どの口が案件だった。
「一人目はこちら」
名前は和泉功太郎――イズミコウタロウ。シキと同じ二年目。一般生。
短い黒髪には金色のメッシュが入っており、どこか軽薄な雰囲気を感じる男子生徒だ。得意な魔術は風系統。
「炎と風とは相性がいいですね」
発言したのはアリーだった。そういえば魔術の相性については、どこかの科目で勉強した気がする。火事に例えれば簡単だ。風が吹けば燃える。
「彼はシュウの執事でもあります。うちのミヤコと同じようなものですね」
お金持ちって、やはりメイドとか執事とかいるのがデフォルトなのだろうか。
「それに彼は近接戦もこなします。間違いなく今の先輩よりは強いと思います」
「私は去年まで闘いと無縁の生活にいたんだよ……」
「「そんなの言い訳になりません」」
両脇から厳しい指摘をされてしまった。
「さて、もう一人の要注意人物です」
パソコンの画面が切り替わった。瀬名沙弥香――セナサヤカ。一年目の一般生。
長い黒髪に黒目。純日本人という感じだ。
得意な魔術は、治癒魔術とあった。詳しい内容は書かれていない。
「彼女も有名な家の出で?」
「分かりません。私が知る限りは名を轟かす家の名に〈瀬名〉はありません。彼女が優秀な治癒魔術師なのは、一度この目で見たことがあるので確かです」
ヒオリは煮え切らない顔をする。
「先輩は不思議に思いませんか?」
「はて……」
「はい!」
シキが答えられないでいると、アリーが両手を上げた。片手でよい。
「はい、どうぞ。妖精さん」
「この学園って補助魔術向けではありませんよね? 五人以上も殺害するとなると、それなりに攻撃手段が求められますし、命を狙われやすいと思うんです。治癒魔術師って卒業できるんですか?」
「妖精さん、正解!」
「やりましたよ! シキ!」
この妖精、脳筋なくせに頭はよい。「頭を撫でてください」とせがんでくるので、シキは小さな頭を撫でた。
「先輩は知らないと思いますが、この学園は〈力〉を誇示することに適した施設です。ここを卒業すれば、魔術師としてのクラスが何段もアップします。謂わばエリートコースですね」
エリートコースでも、こんな命の危険に晒される学園に自ら入りたくもない。
「治癒魔術などの補助魔術を学べる学園もあります。ここでの卒業が難しい魔術師はそちらに入学するのが常識ですね。ただし例外が一つあります。はい、分かる人!」
「はい!」
またしても手を挙げたのはアリーの方だった。ヒオリからの冷たい視線がシキに注がれる。
「妖精さん、どうぞ」
「ミヤコのような存在ですね」
「御名答」
今度はねだられるよりも先にアリーの頭を撫でてやった。
「まぁ、正確にはミヤコも一人で生き抜く力はあるのですが……。たとえなかったとして、私が瀕死の五人を用意すればいいのです。金持ちほどやる常套手段です」
「つまるところ、瀬名沙弥香はそれに当てはまらないと?」
「先輩、すごーい! 分かってるじゃないですか」
完全にバカにされていた。でも、怒る気にはなれなかった。
「彼女は今でこそシュウの派閥に属していますが、それも六月頃からですね。補助魔術でも空閑佑のようなタイプなら入学するのも分かるのですが、なんなんでしょうね」
ヒオリも答えを出しかねているようだった。話しづらそうにしていたのはこれが原因と思われる。
「パパッと決闘を申し込めばいいんじゃないですか?」
アリーは話に飽きてきたのか、手元に転がっていたお菓子の箱を開けて、中身のクッキーを食べる。
「少なくとも私と先輩が申し込んでも断られるでしょうね」
シキ視点だと決闘は断れるものでないが、一般生のサヤカには〈断る〉権利がある。もちろんペナルティはつくが、面倒くさい相手はやめておくだろう。
「それに私も手の内が分からない相手と戦いたくないですけどね」
「そういえばヒオリは今何人なの?」
何人〈殺した〉の? とは聞かなかった。
「あーえーっと何人でしたっけ。とりあえず五人はクリアしてます。実践授業で済ませましたので」
軽く言うが異端なことであった。中にはギリギリ五年かける人もいる、むしろそこがクリアできなくて退学となる人もいる世界だ。入学二ヶ月でこなすなんて常軌を逸している。
シキはちょっと引いた顔をした。
「何ですか、猟奇殺人犯を見るような目で。先輩の方が異端じゃないですか。決闘を申し込んできた相手の首を全て取ってるんですから」
「私のアーカイブ、もしかして見てる?」
「見てますよ、全て。下手なホラー映画よりもハラハラします」
「ホラー映画なんて観るんだ」
「例えですよ」
ヒオリは急に顔を近づけて耳元で「一番好きな回は〈ヒスイ戦〉です」と囁かれた。ぞわりとした。頭おかしいんじゃないか、と思う。
「妖精さんは映画観たことないですよね。ここを卒業したら三人で観に行きましょう」
シキは二つのツッコミを思い浮かべた。一つ目はありきたりのこと。死亡フラグ立てんじゃねぇ。二つ目は、そこにミヤコは入れてあげないんだってこと。




