021
目が覚めた。自然とではない。外部的要因のせいである。首のあたりに痛みを感じて目を覚ました。カーテンの隙間から太陽光が漏れていた。
シキは慌てて起きそうになったところを、冷静になるよう努める。シキは窓側を向いて眠っていた。後ろに気配があって、首に痛みがある。冷静になって気がついた。その気配は見知ったアリーのものだった。
つまり、アリーに首を噛まれていた。腕時計を見る。朝の五時前。
「アリー」
名前を呼ぶと首に立てられていた歯が離れた。
「おはようございます、シキ」
腕を回され、首の向きを強制的に変えさせられる。おはようのキスだった。
「おはよう」
礼儀上、シキはきちんと挨拶を返した。それから体の向きをアリーの方へ変える。
「首、痛いんだけど」
「歯を立てたので、そりゃ痛いと思います」
「うん、そうだね。で、何で噛んだの?」
「寝込みを襲うのは卑怯かなと思いまして」
すでに噛まれている時点で襲われているようなものだった。
アリーの手がシキの頬を撫でる。艶めかしい動きだ。
「ちゃんと夜の間は我慢しました! ほら、どうか褒めてください!」
「あーはいはい」
乱暴に頭を撫でてやる。アリーはそれでも満足そうだった。
しかし、首になんて齧り付いて、痕が残ったらどうしてくれよう。
「昨夜、タチが何か教えませんでしたね。いいですか、わたしがタチでシキがネコです」
「猫?」
アリーがシキの上に馬乗りになる。シキもまたその後何が起こるかは予想がついたようだった。
「純粋ですね。汚したくなります」
傷口を重ねるようにして、アリーはシキの首に再度噛み付いた。
「ちょっとアリー! 今は別に魔力が暴走したりしてないでしょ!」
いつもながら腕力に差があり過ぎて、アリーを引き剥がすことができない。
「あまり大きな声を出さない方がいいですよ。まぁ、聞こえていいなら構いませんが」
アリーは歯先をシキから離すと、次は舌を首筋に沿わせる。シキは体がぞくぞくするようなこそばゆさに襲われる。
それからアリーの口元はシキの耳元に移った。耳輪が湿っていく。シキは首以上にこそばゆさを感じる。そう、感じていると言っていい。
「耳、弱いですよね。右耳と左耳、どっちの方が感じます?」
アリーの顔が右耳から左耳に移動した。耳甲介のあたりを舐め回される。シキから我慢し切れない小さな声が漏れ出る。
「気持ちいいですか?」
意地悪そうにアリーの右手がシキのシャツをまくり上げる。昨夜は着替えていないので制服のままだ。
「声を出されるのも好きですけど、わたしはどちらかというと聞かせまいと必死に我慢する声の方が好きなんですよ」
今度はアリーの左手がシキの顔に伸びてきた。右頬を撫でたと思えば、親指を口の中に捻り込んでくる。シキはその指を噛んで反抗することもできたはずだが、噛めなかった。舌を嬲られたあと、口蓋を撫でられる。
「口の周りを汚していけない子ですね」
口の外に溢れた唾液をアリーの舌が拭う。言葉にし難い羞恥心のせいか、シキの目に涙が浮かぶ。
「ああ、その顔がとても好きなんです。見せていただきありがとうございます。お礼をしなければいけませんね」
口の周りを這っていた舌が、シキの口内に侵入してくる。指よりは柔らかいけど、思いのほか硬い筋肉。
「んっ……!」
口蓋を這われ、反射のように体が跳ねた。指よりも舌の方が過敏に反応する。
シキの体が十分過ぎるほど温まった頃合いで、アリーはシキに問いかけた。
「どうします? 続けない方がよろしいんですかね?」
シキは自己嫌悪に駆られていた。受験勉強のために睡眠欲を我慢するように、己の欲求は己で制御できると勘違いしていた。
「意地悪しちゃってごめんなさい。シキ、可愛かったですよ。ごちそうさまです」
身に纏っていた制服は剥がれ、生まれたままの姿でシキはアリーに抱きかかえられて横になっていた。魔力の暴走を止めるためなら、その行為にも言い訳がついた。今回は違う。欲に流されただけだ。
「アリー」
「はい、なんでしょう」
「どうして……魔力も暴走していないのにしたの?」
「……さぁ。どうしてでしょう。やりたかったからでは説明不足ですか」
「不足だね。だって私と君は付き合ってない」
シキは近年では稀な貞操観念の持ち主だった。そういった行為は好きなもの同士でやるべきものだと思っているし、そういった関係は恋人同士だと思っている。おかしくもない話だ。中学時代はその真面目さから異性からは避けられていたし、学園に入学してからは色恋をする暇もなかった。
「やーやー、そこまで純粋で真面目なのは驚きです。では、なぜあなたはわたしを受け入れたんですか?」
アリーがまともや意地悪そうに笑った。シキの答えを待つ間もなく喋り続ける。
「いいじゃないですか。運命共同体なのだから、仲良くしましょう。それにわたし――」
モーニングキスとは別に、アリーはシキに軽い口づけをした。
「――シキのこと、気に入ってますから」




