020
食後のデザートは約束通りのケーキだった。ショートケーキだ。イチゴが些か酸っぱかった。
ちなみにアリーは生クリームがお気に召したのか、ワンホールを一人で食べた。虫歯も心配である。妖精って虫歯になるのか?
シキは何度目か分からない小さな溜息を漏らす。ヒオリから「私、柔道と空手、黒帯なんです……」と気まで使われてしまった。そんなこと関係ない。生きるか死ぬかの世界なのだから、習ったことありませんじゃ済まされない。……それでもシキは悔しかった。
「シキ」
暗い顔をしていたからだろうか。アリーが無邪気に話しかけてきた。
「今日のように進展が見られなかったら、今度はめちゃくちゃ襲いますね」
全然気を使った話ではなかった。
「い、嫌だよ」
弱気なのはよくないが、強気になれるほど図太いわけでもない。
「それなら関節きめられる方がいい……」
「何を言ってるんですか。関節技もきめますよ」
「なおさら嫌だわ」
「なんの話ですか?」
こそこそ話しているつもりだったが、なにせアリーの声がでかい。テーブルの向かいからヒオリが話に入り込んでくる。
「楽しそうなお話ですね。ぜひ私も混ぜてください」
「なんでもない!」
シキは話はないとばかりに紅茶を口につける。アリーは黙らなかった。彼女は人間らしく、シキの嫌がる行為に出る。
「夜の営みについての話です」
実力行使に出ることにした。アリーのよく開く口を左手で塞ぐ。シキの手は女性の平均よりも大きい。アリーの小さな口を塞ぐには十分な大きさだった。
話はこれで終わり、になるはずだった。
生温かいものが左の手のひらを這う。くすぐったくて「ひゃっ」と声が出て、手をどかしてしまう。
「何をするんだ……」
シキはおしぼりで手のひらを拭う。
「舐めただけですが」
なにか? と言いたげな表情だった。
「楽しいことしているなら私も混ぜてください」
ヒオリがいつの間にか席を立ち、シキの後ろから肩の上に両手を置く。肩を揉みほぐすような手つきだった。
「先輩、妖精さんと事を為す時は、人間とするソレと何か違いはあるんですか?」
シキが答えあぐねていると、軽い口調でアリーが喋る。
「それはシキには答えられません。シキは人間とセックスした経験がありません」
何てことを口走ってくれるのか。逃げようと立ち上がろうとするが、肩に重力がかかって腰を上げることは叶わない。
扉の横に立って我関せずを貫いているミヤコに助けを求める。目線を逸らされた。シキは見捨てられた。
「じゃあ私としてみます? ぜひ妖精と人間の違いについてお聞かせ願えると助かります」
「しない、しない、しない!」
大事なことなので三回言った。
肩の手を振り払う。意外とすぐに手はどいた。シキは紅茶を残し、部屋の出口へと向かう。ミヤコがシキを止めることはなかった。食堂を出て、与えられた部屋に戻る。鍵は一応ついていたが、おそらくかけると物理的に扉を破壊されそうなので開けたままにしておいた。
シキは大きなベッドの上にダイブした。掛け布団を丸めて顔を埋める。
「シキ」
ノックなしに入ってきたのはアリーだ。シキの心情なんてお構いなしに、隣へ転がり込んできた。
「お疲れですか?」
「……お疲れだよ」
掛け布団から目だけを出す。金色の瞳が思っていたより近くにあった。
実際にくたくたであった。死ぬ気で気を張り続けて一年以上。疲れないわけがない。何度逃げ出そう考えたことか。初めの頃はシキもこの学園から逃げ出そう考えたが、調べるほどにそれが難しいことだと痛感した。だから生き残るために奔走している。
「よしよし」
何をするかと思えば、アリーはシキの整った頭を撫で始めた。
「わたしが隣にいる時は、もう少し気を抜いても大丈夫ですよ」
そんなわけがない。隙あらばちょっかいをかけようとしてくる。
「わたしってそんなに信用ないですか?」
「耳元で囁くな!」
アリーの腕を払いのけるが、すぐにその腕はシキの腰に回された。赤ん坊をあやすようにトントンと叩かれる。
「分かりました。誓います。今夜はシキに手を出しません」
腰を触りながらよく言うと思った。
「そんな疑わしい目を向けないでください。本当です、姉に誓いますから」
妖精国の女王に誓うことがどれだけ重要なことかシキには分からない。でも信じてやることにした。
「さぁ、いっぱいわたしに甘えてください」
「甘えたら理性が飛ぶとかそうゆう設計になってたりしない?」
「…………大丈夫です」
「何だよ、今の間」
「大丈夫、大丈夫です。今夜はちゃーんと我慢しますから。正確に言うなら、そうですね、四時半過ぎくらいまでは我慢します」
日の出の時刻を言いたいのだろう。そんな早朝静かに寝かせてほしい。
アリーは片手でシキを引き寄せる。心臓の音が聞こえる距離だ。
「……アリーはヒオリのことどう思う?」
シキはアリーの首元に顔を埋めるようにし、直近の変化について問う。妖精に聞くのもおかしな話だ。
「そうですね。ヒオリはわたしと同じくタチだと思います」
「たち?」
「あぁ、シキにはそういう話は分かりませんか。攻め、受けと言ったら分かりますか?」
何のことだか、シキは素直にはてなマークを掲げる。
「現代社会は情報に溢れていると聞きましたが、シキはとても純粋なのですね。では、この話はよしましょう」
アリーはシキの腰から背中を擦る。下心がないと言えば嘘だったが、とりあえず約束は守ることにする。
「ヒオリについて、ですね。おそらくはわたしについての情報を得たいのだと推測しますが、しばらくの間は心配をしなくていいかと思います。ヒオリも、ミヤコという娘からも殺意は感じられません」
シキがまだ安心していなさそうだったので、アリーはなおも話を続ける。
「そもそもヒオリのしていることは保護です。ボディガードとして雇うならば、わざわざシキを選ぶメリットはありません。そうならばシキを近くに置きたい、わたしを利用したい、というところでしょう」
〈狂戦士〉のくせに随分と論理的であった。
「どうです? 少しは安心しましたか?」
「うん……」
シキの心音がゆっくりになっている。
「このまま眠ってしまって大丈夫ですよ」
「歯磨きしてない……」
「真面目ですね。一回サボったくらいで虫歯にはなりませんよ」
目の前が揺らぐような眠気をシキは味わう。意識が、途切れた。




