018
空閑佑は、代々続く魔術師の家系であり、騎士の家系であった。時代の移ろいによって騎士としての職務はなくなっていたが、その誇りは失われていない。
正義のため、弱気者のために力を尽くす。強くあれと育てられた。
タスクは中学・高校と生徒会長を務め、剣道部の部長もこなした。家はとても厳しかったが、グレることもなく思春期を終える。それから学園に入学をした。
学園での生活は腹立たしいことばかりだった。正義などドブに捨てられたようなもので、弱いものばかりを狙う下賤な輩で溢れている。
タスクは弱いものばかりを狙う卑怯者を相手にしてきた。その際も正々堂々真っ向勝負を仕掛けた。タスクなりのルールであった。
入学してから初めて知ったことがある。それは学園への寄付制度だ。特待生として受け入れられるためには多額の寄付をし続けなくてはならない。
それなりに頭はいい男だったので、家計状況がひっ迫しているのはすぐに理解できた。タスクには年の近い弟と妹もいる。彼らにも上等な教育を受けてほしいし、生活面で困らせることはしたくなかった。
だから、懸賞金に手を伸ばした。
正義云々を語っても、言い訳にしかならない。
誰かに取られる前に、取らないと――
悪は裁かれるべきである。その時が彼に訪れただけ、それだけの話であった。
◆ ◆ ◆
目が覚めた。
見知らぬ天井だった。自室でも保健室でもない。木目の天井だった。
「アリー!」
体を起こすとやけに腰回りが重い。アリーだった。
「おはようございます、シキ。体の方は大丈夫ですか?」
いつものおはようのキスをする。
「おはよう。アリーこそ、体なんともない?」
「はい! もう十分過ぎるほどいただきましたので」
何を、と聞こうとして違和感。なんだか爽快感がある。自分を見る。布団はかかっていたけど、裸だった。
そして、またタイミングを計ったかのように部屋のドアが開いた。制服姿のヒオリだった。
「おはようございます、先輩。昨夜はよく眠れましたか? でもヤる時はもう少しトーンダウンしていただけますか。さすがに私も気になってしまうので」
シキは急いで服を探したが、どれも床に落ちていて拾えない。ヒオリはシキのことを気にもせずにベッドまで歩いてくる。ベッドの縁に腰を下ろして、ニコニコしながらクリップボードに挟まった紙を渡してくる。『契約書』だった。昨日の昼間交わした会話が文書化されている。
「もう先に情報も渡していますし、契約しないなんてことありませんよね?」
先にもらった情報というのは空閑佑のことだ。彼の術が身体強化であることを教えてもらった。さらに、特典としてスタンガンまで用意してもらっていたのだ。……ヒオリの手の上で転がされていたに過ぎないが、今さらやっぱりやめますとは言えない。
契約書の内容に目を通し、サインをした。
「捺印もお願いします」
ハンコなんて持っていない。シキは治ったばかりの体に傷をつけ、親指で判を押した。
「良かった、先輩が物分かりのいい人で」
ボールペンを胸ポケットにしまうと、ヒオリはスカートのポケットからオシャレなアンティークキーを取り出し、シキの手に握らせた。
「この屋敷の鍵です。なくさないでくださいね」
「え?」
「ボディガードなんですから、近くにいないと意味ないじゃありませんか。先輩と妖精さんには私と一緒に暮らしてもらいます。この部屋はお好きにお使いください。学園の方にも了承を得ているのでご心配なさらず」
唐突な展開に頭がついていかない。こんなこと契約条項には書いていなかったはずだ。
「そうだ。昨日の決闘の動画は、クガが死んだことで消されずにアーカイブが残っているんですよね。どうします? 先輩がどうしても消してほしいと言うなら、私から学園の方に問い合わせることくらいしてあげなくはないですよ」
昨日の決闘。拒否をする余裕もなく受け入れたアリーとの行為が動画データとして残っている。
「……鍵は大切にするよ……」
「はい、素直は良いことだと思いますよ。朝ご飯を用意していますので、着替えてから来てくださいね」
昨夜から忙しくて、今の今まで気が休まらなかった。ヒオリが部屋から出ていき、やっとシキは肩の力を抜く。
未だにシキに引っ付いたままのアリーに目をやる。彼女はしっかりと制服を着ていた。
「アリー。申し訳ないけど、落ちてる服と下着を取ってくれる?」
「それくらい自分で取ってください」
「いや、でも……」
マッパなのだ。そもそもまとわりついているアリーをどけなければ、着替えることすらできない。
「じゃあ取ってあげますから、もう一回してもいいですか?」
「するって何を……」
「言わせます? 言ってほしいなら言いますよ」
「言わなくていいし、やらない」
シキは諦めてアリーを引き剥がし、素肌に布団を纏ったまま放り投げられた衣服たちを回収して着直した。
「どうせ脱いでたのなら一回くらいいいのに」
腰が痛い。そういうことだ。
落ち着いたところで、部屋の中を見渡す。一番目立つのはこのベッドだろうか。クイーンサイズくらいある。おそらくヒオリはシキとアリーが一緒に寝ていることを知っていたのだ。
ベッドの横にはアンティークなデスクとチェアがあった。それからベッドの正面にはクローゼット。中を覗いてみたら、なぜかシキの替えの制服やジャージがあった。引っ越しはすでに完了しているのかもしれない。
家具という家具はそれだけで、寮の自室が広くなったくらいの殺風景さ。綺麗な部屋ではあるが、すぐにシキが散らかす。
シキはさっきヒオリからもらったアンティークキーをつまみ、照明に当ててみた。もちろん透き通ったりしない。
「術式が組み込まれているみたいですね」
隣にアリーがやってきたので鍵を渡してみた。
「おそらく同じ形に複製しても使えないかと。我々に危害を加えるものは無さそうですが……」
アリーが「あー」と言葉を溢す。
「多分、今で言う発信機の役割を持っているのかもしれません」
「何て無駄なことを」
シキの魔力量は膨大であるからして、ヒオリなら簡単に魔力探知で居場所は分かるはずだ。
「ここに住むんですか?」
「そうなるみたいだねぇ」
「ご飯が美味しいといいですね!」
切迫した決闘から半日しか経っていないというのに、あいも変わらず能天気な妖精だ。




