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017

 考えるのはあとに回した。シキは無意識にアリーの腕を引いていた。とりあえず走ることにした。客席の間を走って大剣から距離を取る。


 少し走ったところで自身の判断ミスに気づく。大剣から逃げるのではなく、大剣を持つ人間から逃げなければ意味がない。また、大きな業物(わざもの)なので逃げる先は(せま)いところがベストだった。


 アリーが何か言いたげだった。指摘したところで今さら遅いと思ったのか、言葉にはしない。


「どちらへ?」

「とりあえず……距離を取る」


 あんなもの当たっただけで死ぬ。あの破壊力、かなりの重量だろう。軽々投げるなんてどんな腕力をしているのだ。


 体育館はとても広い。タスクがいたのは、シキたちから見て奥だったはずだ。しかし、目を離しているうちに大剣の元へ移動している。


「えっ、どうして」


 高度魔術・転移に関わる術式? いや、それではあの怪力の説明がつかない。


 シキは思い出したように、やっと両手に刀を出した。完全にペースを乱されている。大剣を手にしたタスクはシキを見た。その数瞬後のことだ、目の前に大剣を振り上げた男がいた。


「シキ!」


 後ろ首を掴まれ、そのまま後ろの方に放り投げられた。受け身は取れた。それでもダメージを受けたのは、アリーが攻撃を食らったからだ。多くの魔力を持っていかれる。


「走れますか?」


 自力で戻ってきたアリーが、自分から聞いておきながらシキを(かか)えた。


「正々堂々勝負したらどうだ?」


 タスクは軽々と大剣を持ち上げ、(みね)で自分の肩をとんとんと叩いた。


「アリー、降ろして」

「すみません。今は足手まといです」


 敵が少し肩を上げたタイミングでアリーは飛んだ。複合フローリングの上にシキを抱えたまま降り立つ。


「シキ、いつものナイフ出せますか? 二本お願いします」


 シキの体は一度床に落とされる。刀は消滅させ、両手に一本ずつ投擲(とうてき)用ナイフを出した。二本をアリーに渡す。シキにも見えないスピードでアリーは投げる。タスクも完全には見切れなかったらしい。一本目のあとすぐに投げられた二本目がタスクの左太腿(ふともも)に刺さった。


 刺さったことをアリーが確認すると、アリーはは再びシキを抱えて大体育館を出た。そして渡り廊下を渡る最中に、廊下に大穴を開けた。


 飛び込んだのは入り口を入ってすぐのところにある女子トイレの個室。もちろん扉は閉めていないが、二人が隠れて入るには狭い。


 便座の上にシキが座らせられる。壁ドンをするような形でアリーがシキに迫った。有無を言わせぬ行為だった。


 決闘中の行動はリアルタイムで配信される。特待生相手であっても、放送は止まらない。しかし、アーカイブは残さないことが当たり前なので、生徒は率先(そっせん)してリアルタイム放送を見る。


 そんなことは百も承知なので、シキはアリーを拒みたかった。

 漏れる生息の音も配信されているかもしれない。こんなことをしている間に、敵はすぐそこまで来ているかもしれない。


 前述のように気にするべきことはたくさんあった。それ以上にシキを侵食したのはアリーの熱だった。


「少しはマシになりましたか?」


 シキとアリーの間に糸が引く。

 全体の倦怠感、吐き気は残っていたものの随分と体調は良くなった。


「何でアイツは追ってこないんだ?」


 息を切らせながら、シキは自問した。その問いにアリーが単純明快な答えを出す。


「女子トイレだからじゃないですか」


 確かに小細工(こざいく)をせずに正々堂々と仕掛けてきた男のことだ。女子トイレに入るなんて不埒(ふらち)なことできるわけがない。


 タイミングを計ったかのようにシキのスマホが鳴った。授業の場合はスマホの使用禁止と銘打(めいう)たれることが多いが、決闘では使用に制限がない。通話しようが何しようが自由である。唯一できないことと言えば、自身の決闘の中継を見れないことだ。


「出なくていいんですか?」


 まだスマホが鳴り続けている。間違いなく通話のお誘いだろう。こんな夜遅くに電話をかけてくるなんて迷惑(きわ)まりない。


 電話の相手は想像できていた。

 だからシキは画面を確認しないで、電話に出る。


『もしもし、先輩。生きてますか?』


 夜中だというのにハイテンションな声だった。


『まだ生きているならよかったです』

「私が生きているかどうかは中継で分かるだろう」

『あーなんか急にエッチな動画が間違えて流れたのかと思いました。ところで、どうです? そろそろ心の内は決まったかなーと思ってご連絡した次第なのですが』

「分かった。昼間の内容で契約をしよう」



  ◆  ◆  ◆



 直近の問題は、どうやってこのトイレから出るかという問題であった。どんなに正々堂々を(うた)っていても、待ち構えることくらいはするだろう。


 今回ばかりは自身の無能さを認め、後のことは先送りにして、シキはアリーを頼るしかなかった。ともあれ公開処刑を受けた後である。羞恥心(しゅうちしん)自尊心(じそんしん)も気にしたところで遅い。


「アリー、頼める?」

「もちろん、お任せください。終わったあと、楽しみにしていますね」


 唐突にキスされるものだから、シキは動揺した。赤くなるシキを尻目に、アリーはトイレの出口に走った。


 アリーが武器と称した(つえ)と、あの大剣がぶつかる音がした。さすが妖精の国の(つえ)。かなり丈夫なようだ。


 ジリジリと魔力が減っていくのが分かる。長期戦はこちらが不利になる。


 シキはゆっくり深く深呼吸をした。ここが一番の山場(やまば)だと思い、駆け出した。アリーを信じて視線は向けない。真っ直ぐ前に走った。


 大剣が飛んでくることはなかったが、更衣室に入った瞬間、また魔力がガリッと減ったのを感じた。少し楽になろうと思い、嘔吐した。


 〇〇二、ここだ。


 シキは出入り口のすぐそこにあったロッカーの下段の前に座り込む。開けようとしたが、鍵がかかっている。


「あのお嬢様め……」


 ピッキングなどというお上品なことをしている余裕はない。シキは迷わず(おの)を出した。横向きにしてホームランを狙うように、ロッカーに叩きつける。ロッカーに経費はかけていないらしい。すぐに扉は開いた。


 そこには黒くて、クワガタのような形をした道具がポツンとあった。違法改造されたスタンガンだ。シキはスタンガンを腰に入れ、ベストで隠した。


「アリー!」


 パートナーに呼びかけながら、シキは入りたくなかったプールへの扉を開ける。(すべ)るプールサイドを走りながら、反対岸に渡る。


 先にプールサイドに出てきたのはアリーだった。妖精という性質上、目に見える傷口はないが消耗しているのが見て取れる。


 続いて現れたのは、タスクだ。わざわざご丁寧に男子更衣室から出てきた。


「そろそろ終わりにしないか? 力量の差は分かっただろう?」


 彼はとても強かった。きっと誠心誠意鍛錬(たんれん)(はげ)んできたのであろう。しかし、彼は善人だった。魔術師らしくなく、人殺しらしくもない。


 妖精が投げ技をするなんて思ってもみなかっただろう。タスクは宙に投げ出された時、意外そうな顔をした。それでも冷静であった彼は、持っていた大剣をシキに向けて投げる。


「……!?」


 恥ずかしながら、シキは間一髪(かんいっぱつ)というタイミングで逃れた。


 それから腰に手を向け、手にしたそれのスイッチをオンにする。


――感電死ってどのタイミングで死ぬのかな。


 迷いは捨てている。スタンガンも投げ捨てた。

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