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或土式(アルトシキ)にかかる懸賞金(けんしょうきん)について』


 ポータルに自分の名前が書かれていることにまず驚いた。確かに単位を落とした生徒は一覧として掲示されるが、シキは学業に限って成績優秀である。


 懸賞金。つまるところ報酬と見ていいだろう。それがなぜ、ただの生徒であるシキにかけられるのか分からない。


 物騒(ぶっそう)なタイトルをタップして、ヒオリは中身を開く。そこには一人の人間の尊厳(そんげん)()(にじ)るだけの言葉が淡々(たんたん)と記載されていた。


『対象:或土式(アルトシキ)

懸賞額以下参照

生存(五体欠損なし):十億

生存(五体欠損あり):八億

死亡(五体欠損なし):三億

死亡(五体欠損あり):一億』


 シキが完全に獲物として扱われていた。去年まで普通の生活を送っていた少女の死体に一億もかけるなんてトチ狂っている。


「今のところ、こちらの情報は特待生のみに開示さているものですが……、先輩がしぶとく生き延びるのであれば学園側も公開範囲を広げるでしょうね」

「私にこんな価値はない……!」

「えぇ、そうだと思います。だって偉い人たちが欲しいのは、あなたのその魔力でしょうから」


 スマホの角でツンツンと頬を突かれる。


「うちの生徒の大半はお金持ちでしょうし、こんなはした金に命をかける(やから)は少ないでしょうけど……、報酬が上乗せされる可能性もありますしね」


 シキは相当青ざめた顔をしていたのだろう。ヒオリは面白そうに笑みを浮かべる。


「先輩、報酬がお金だけなのも今のうちだと思いますよ」


 さらにヒオリは話を続ける。


「そうそう、神代葵(カミヨアオイ)って覚えていますか?」

「赤髪の女の子だろ」

「そうです。先輩が殺した女の子です。彼女、というか先輩以外の奨学生にはあるお知らせが届いていたんです。……或土式(アルトシキ)を生きた状態で負かすことができたら、奨学生から一般生に引き上げると」


 シキは何か……いや現実から逃れたくて、近くにあったアリーの手を握る。


「……やはり君は懸賞金が目当てなんじゃないのか」

「まさかまさか。十億なんて簡単に稼げます。そもそも資産家なので。私は生きてこの学園を卒業したいだけですから」


 シキが手に力を入れると、アリーも握り返してきた。


「そういえば先輩、スマホ鳴っていましたけど確認しておかなくていいんですか」


 言う通りにするのは(しゃく)だったが、確認は早いに越したことはない。アリーの手を握っていない右手でスマホを引っ張り出す。悪い予感通り、決闘の申し込みだった。


「あらあら、これは」


 無理矢理ヒオリが画面を覗いてくる。


「彼、先輩の一年上の特待生ですよ」


 名前は空閑佑――クガタスク。特に聞き覚えのある名前ではなかった。


空閑(クガ)家はそこそこの名門ですが、ここ数年財政の状況が(かんば)しくないそうです。思わず金額に目が(くら)んじゃったんですかね」


 ヒオリは自らのスマホをタップする。「これも特待生特典です」と微笑(ほほえ)みながら見せてきたのは、全生徒のプロフィールだった。お試しで見せられたシキのページに記載されていたのは、名前や生年月日などの個人情報から、各能力値の評定、得意とする魔術などについての細かい情報だ。


「私と契約を結んだら、特待生として手に入れられる情報は全て提供します。どうしますか、先輩」



  ◆  ◆  ◆



 ヒオリに対する回答は保留(ほりゅう)とした。連絡先だけを交換し――これも向こうはシキの情報をすでに知っていると思われるが――自室に戻ってきた。


 今すぐベッドに横になりたい気持ちを押さえて、ベッドの(ふち)に座る。気持ちを押さえたのに、アリーがタックルをかましてきたので、結局横になってしまった。


「アリー、どいて」

「嫌ですー」


 時間の無駄だと思い、シキは横になったままスマホを取り出した。とりあえずは情報収集……と思ったが、相手が特待生であることを忘れていた。特待生は決闘のアーカイブを削除申請できたはずだ。


 実のところ、特待生と決闘したのはヒスイだけである。自身の立場が危ういことを実感する。


 決闘開始時刻は二十時。夏とは言え、日が落ちている時刻だ。場所は総合体育館。地上二階、地下一階からなる大きな施設だ。温水プールまでついている。


 前回の反省を踏まえて、現地調査はした方がいい。シキはもう一度アリーに対して「そこどいて」と言った。なぜかアリーは嫌がる。


「どうしたの?」


 強く言っても仕方ないと思い、すぐそこにあるアリーの頭を軽く撫でた。


「シキがずっと知らない人と喋っていたから暇でした」


 可愛い嫉妬だった。


「ごめんね。じゃあ、今から一緒にお出かけ行こう?」


 ぐいっと首が伸びてきて、金色の目に見つめられる。


「何?」


 頭突きをされた。石頭だった。


「出かけるなら出かけましょう」


 なんなんだと思いながら、シキは解放された体を起こす。


 手持ち無沙汰そうなアリーの手を引いて、総合体育館まで歩いた。こんな学園でも部活動というものはある。もちろん世界記録を出したところで、世の中に認めてもらうことはない。


 シキは部活動に加入していないので、体育館に来るのはかなり久しぶりだ。


 この体育館、どれくらい大きいかというと、そこそこの人口を(ほこ)る市営の体育館くらい大きい。バスケットボールなら三面は使用できる大体育館、通常の学校が有するくらいの第二体育館、他にも五十メートルプールが併設(へいせつ)されている。


「演習場とは違うのですか?」

「一応こっちはスポーツメインなのかな。もちろん決闘もやるし、実践授業にも使われるよ」


 特にやましいことはないので、正面の自動ドアから中へ入る。入った横にフロアマップがあった。シキはそれをスマホで撮影しておく。


 時間が時間なので、部活動に参加する生徒で(にぎ)わっていた。


「スポーツですか」


 アリーが周りをきょろきょろと見回す。グラウンドでサッカーや野球を見た時も、興味を示していた。


「シキはスポーツ経験がおありで?」

「体育でやる範囲なら」


 特段、苦手なスポーツはない。小学生の頃は、ドッジボールで男子を泣かせていたくらいだ。


 大体育館には客席が設置されていた。コートの上は吹き抜けになっており、二階にも客席がある。突き落とされたら、ただの怪我では済まなそう。


「シキも部活とかいうのやらないんですか?」


 暇そうにアリーがバスケ部とバレー部の練習を交互に見ていた。


「私が部活に入ったら、アリーといる時間減っちゃうよ」

「それは困りますね!」


 アリーが腕を絡め取ってくる。ご機嫌は大分直ったようだ。


 シキたちは大体育館を軽く見て回ったあと、第二体育館も見て回る。それから更衣室を通ってプールに出た。部活なのか筋トレなのか、十数人の生徒が水着になって泳いでいた。


「わー、水着ですか!」

「そこに食いつくんだ」

「水着は下着と同じような布面積なのに、堂々と披露するのですね」


 アリーの視線がシキの体の上を(つた)う。


「シキはもう少し華やかな下着をつけてもいいと思いますよ」


 透視(とうし)でもされているのかと思ったが、おそらく朝方着替えた時に覗き見られたのだろう。


 水があるということは、水を操る系の魔術師が相手なのかもしれない。もしくは電気系統か。シキはプールサイドの周りを歩く。これと言って危険物はない。


 このプールは建造物的に行き止まりに位置している。立地的にも性質的にも、決闘中に立ち入りたくない。


 思わず溜息が出た。相手の素性が分からないというのはこんなにも打つ手がないものなのか。今からでもヒオリと連絡を取り、契約を()わすべきなのか。しかし、聞いている限りあまりにもシキに優位な話だった。逆に怖い。


 総合体育館の中は一通り見て回れた。結論、何もなかった、ように見えた。トラップが仕掛けられているようにも見えなかったし、魔法陣が描かれていたりもしない。もちろん、この広さであるからして、見逃しがないとは言い切れないが、ないものはない。


 もうシキにできることはない。



  ◆  ◆  ◆



 二十時になった。驚いたのは、総合体育館の電気系統が落ちていないことだった。相手のスタイルにもよるが、シキを相手取る場合、不意打ちが有効手段となる。防御力をステータスで表すならE−だ。初撃を食らわせればかなりのダメージとなる。


 もちろん、そのことをシキは理解しているので、警戒は(おこた)らない。


 この体育館が広いという話はしたが、構造的に二つに分かれている。一つはメインとなる大体育館。こちらは独立していた。正面玄関がある建物と、渡り廊下で繋がっている。


「後方の警戒は頼んでいい?」

「お任せください!」


 飄々(ひょうひょう)としているが、稽古(けいこ)を見ての通り、アリーの戦闘能力はかなりのものだ。直感くらいは(たずさ)えているはず。


 シキは一番初めに、一番気の引ける場所から探索することにした。温水プールだ。更衣室、今はどちらを通ってもお(とが)めはないと思うが、無意識的に女子更衣室の扉に手をかける。何事もなく開いた。


 更衣室はあまり広くない。多くの生徒が使うという想定はないようだった。確かカリキュラムにも水泳の授業はない。


 耳を澄ませる。動くものの気配はアリーだけだ。

 ロッカーの表層も変わった様子はない。トラップの類はない、気がした。シキの直感である。これがわりと当たる。


 魔術師というのは格式高い家ほど、凝り固まった思考回路に(おちい)りがちである。ヒオリがそこそこの名門と称していたことから、魔術師としてのプライドは高そうだ。そうなってくると、トラップなどというチンケなことをしないだろう。


 プールサイドには出なかった。更衣室の出口から目視の確認である。水は張られたまま。変わったところはなさそう。


「入らなくていいんですか?」


 ひょいとアリーがシキの肩に手を乗せてくる。相変わらず警戒感のないやつめ。


「入ってビリビリとかしたら嫌だもの」

「わりと小心者(しょうしんもの)ですよね」

「想像力が豊かなだけだ」


 シキは歩を戻す。更衣室を出たところにある第二体育館へ向かう。ここの学生は幼稚園生でもできることができないらしい。


 卓球台が出しっぱなしで、辺りにはピンポン玉も散乱(さんらん)していた。シキは不用意に触ろうとしない。触ろうとしたアリーの手を叩く。


 違和感があった。何もなさすぎる。用意されたフィールドに嫌な予感がしないのだ。対戦相手を手玉に取ってやろうという気配がない。正直、殺害人数を増やしたいだけならば一年目の奨学生を狙えばいい。特待生のくせして、わざわざ問題児に手を出すということは金がほしいのであろう。生存の有無で金額が変動するのだから、それこそ不意打ちを狙うべきである。


 同じ一階にある多目的室や、地下にある倉庫を確認してきた。シキの思考を()き乱すようになにもなかった。


 二階は……主に客席だ。何もないだろうとシキの勘が言っていた。そうなれば、残るは一つ。大体育館。


 渡り廊下の鍵は開いていた。中から圧力を感じる。決して気圧差の問題ではない。中にいるのだ。対戦相手か。


 閉まっていた金属の引き戸を引っ張る。メンテナンスが行き届いているのか、金属がこすれる嫌な音はしなかった。


 扉にも当然のように仕掛けはなかった。観客席の先、所謂(いわゆる)アリーナとも呼ばれる場所に一人の男子生徒が立っていた。決闘だというのに、いやそもそも夏だというのに、ネクタイを律儀(りちぎ)に締めた男だった。


「私の名前は空閑佑(クガタスク)だ」


 宣言された。その後、何も言ってこない。どうやら名乗り待ちのようだったので、シキは少し声を張って言った。


或土式(アルトシキ)です」


 相手は満足そうだった。アリーも名乗りたかったのか、不満足そうだった。


「家の問題で君を巻き込んでしまい、大変申し訳ない。出来れば手荒な真似はしたくない。大人しく降伏(こうふく)してはもらえないだろうか」


 生真面目(きまじめ)で紳士的な男だった。だからこそ名門と言われながら金に困っているのだろう。


 男子生徒の横には彼の身長よりもでかい大剣が刺さっていた。間違いなくタスクが扱う武器だ。


 大人しく降伏したところで、シキの命はない。命はあるかもしれないが、自由と尊厳(そんげん)は失う。アリーもどんな目に()うか分からない。答えは一つしかない。


「降参なんてしない。あなたには死んでもらう」


 せめてもの精一杯で「あなた」を使った。


「そうか。残念だ」


 タスクは大剣の手を握り、何十キロもしそうな金属の(かたまり)をなんと片手で持ち上げた。そして、それを野球ボールを投げるような気軽さで投げてきた。


 シキは思わず横に逸れた。


 大剣は半分しか開いていなかった引き戸に当たり、ぶち壊しながら渡り廊下に飛んでいった。


 体の温度が下がる感覚を覚えた。

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