013
「ここは暑いですから、お部屋まで案内します」
そう言って銀髪の少女は踵を返した。ついて来いということらしい。
「行くんですか?」
アリーはまだアイスが食べたいようだった。
「アイスは後でね」
ちょっと最近、アリーに甘過ぎかもしれない。
シキはアリーの手を引きながら、少女たちのあとを追う。桃色の方は銀髪の従者だろうか。同じ制服を着ているけど雰囲気が違う。
入学以降、こんなにも堂々とシキに接してきたのはこの娘が二人目だった。本当に久しぶりだったからか、危ないと思ってもシキは同行することにした。
銀髪少女はパーマをかけたセミロングの髪が目立つ。綺麗な碧眼も日本人離れしていた。身長は少々シキより低いくらい、平均よりは高い。シキのことを「先輩」と呼ぶからには一年目の生徒かもしれない。
銀髪少女の少し後ろを歩く桃色少女はミディアムヘアである。やはり目立つのは髪色だろう。赤色の瞳も一度見たら忘れられない。身長はシキよりも高い。
寮がある隣の区画、そう、特待生が住む住居区画。謂わば金持ちが集う場所。シキが初めて足を踏み入れる場所でもある。
一軒の建物、一般的なサラリーマンでは手が出せなさそうな豪邸についた。桃色少女が扉を開ける。
「先輩、どうぞお入りになってください」
銀髪少女がふわふわした髪を揺らしながら中に入った。立ち止まっていると「どうぞ」と桃色少女が言った。白昼堂々、殺されるのかもしれない。嫌な汗がシャツの下を伝う。
「何も仕掛けてなどおりません。アイスもご用意しておりますよ」
「アイス!」
主人の命よりアイスか。
確かに嫌な気配は感じ取れなかった。いざとなったらアリーに暴れてもらえばいいか……と考え、シキは大きな玄関に足を踏み入れる。特に仕掛けもなければ、新手がいることもなかった。静かな屋敷だ。
「どうぞ、こちらです」
桃色少女が案内してくれる。応接間と思われる部屋に通された。高級そうな革張りの二人掛けソファが二つ、真ん中にガラステーブルがあった。内一つのソファにシキとアリーは座るように促された。
「シキのベッドより上等ですね」
「比べないで」
警戒心が高まる中、高そうなティーカップに注がれた紅茶と、約束通りアイスが出てきた。毒など効かないアリーは遠慮なく食べ始めているが、シキはさすがに手をつけられなかった。
シキの警戒は予期していたのか、目の前に座る銀髪少女は気にしていない様子だ。
「急に呼びつけてすみません、先輩。私は京久野氷織と申します」
京久野氷織――キョウクノヒオリ。どこかで聞いたことある名前だった。
「あれはメイドのミヤコです。どうぞお見知りおきを」
シキは名乗らなかった。相手がシキの素性を知らないわけないからだ。
「あぁ、ぜひヒオリとお呼びくださいね。私はまだ一年目のひよっこなので」
「一年目なら授業に出なくていいの?」
「授業の方は裏技を使って大方の単位は取得していますから。先輩もそうしましたよね?」
ただのお嬢様ではないようだ。
「紅茶、冷めてしまいますよ」
「得体の知れないやつの紅茶を飲むと思うか?」
「思いません。まぁ、確かに毒入りですから」
正直にも程がある。もしものためにアリーからティーカップを没収した。
「毒入りの紅茶を飲むほどのバカには用はないですからね」
初対面の相手に毒入り紅茶を出すようなやつにも用はない。
「君は何者だ。私に何の用だ」
タイミングからして盗聴器を仕掛けたのもコイツ――正確にはあのメイドだろう。
「キョウクノという名に聞き覚えはありませんか?」
あくまで世間話、みたいなトーンでヒオリは話を始める。
「聞き覚えはあるけど……」
どこで聞いたことあるのか覚えていない。
「先輩は二度、その苗字を聞いたことがあるはずなんです。直近だと入学式ですね」
確かに入学式の映像は見た。あぁ、そうか。シキは一人で納得する。新入生代表の挨拶をした娘だ。思い返せば銀髪だった。
「入学式が二回目ってことは、一回目は入学以前なのか?」
「そうなりますね」
シキがここに来る以前に会ったことがあるのだろうか。年齢も近そうだし、中学の先輩後輩とか? いや、銀髪なんて一度見たら忘れられな――
「あぁ」
思わず声が出た。一応念のため、決闘のアーカイブを確認する。今年の二月のことだった。
京久野氷翠――キョウクノヒスイという女学生と決闘をしたことがある。
「ヒスイは私の姉です」
満面の笑みで言われ、場の空気が凍る。
「あなたが殺したヒスイの妹です」
言い方を変えても空気が和むことはない。
名前は忘れていたが、ヒスイとの決闘自体は忘れられぬものだった。




