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011

 梅雨(つゆ)の時期がきた。季節がちゃんと(めぐ)っていることを体感すると、ここは日本なのだなと実感する。両親は娘を売り出した後、何をしているのだろうか。シキは実のところ、自分がいくらで売られたのかを知らない。たかが百万円程度なら、さすがに売られないよなと思う。


 もしかして我が家にはとんでもない負債(ふさい)があったのだろうか。それなら売られたことにも理由がつけられる。ただ、金欲しさに売られたのだと思うと辛い気持ちになった。


――早く、早くこんなところから出たい。


 目を開けると、アリーと目が合った。相変わらず寝ていないらしい。


「おはよう」


 アリーよりも早く挨拶をした。


「おはようございます!」


 小学生みたいに元気な挨拶と、待ちかねたという感じのキスが返ってきた。




 シキは偏頭痛(へんずつう)持ちである。雨が降ると痛くなる。いたって普通な人間が起こす体調不良である。今日も痛い。この動けないほどではないんだけど、という絶妙な痛みが嫌だ。


相合傘(あいあいがさ)っていいですねぇ」


 よくはない。肩が()れる。傘は壊れた後、二本購入したのだがアリーは自分でさそうとしない。彼女だけ()れさせるのも世間体的(せけんたい)によろしくない気がして中に入れてやってる。


 ちなみにアリーの服装が変わった。学園指定の制服だ。スカートをはいている。白ワンピは汚れてしまったので、新しく仕入れた。美少女というのは何を着ても似合うものだ。


 地獄(じごく)の課外授業の後から、ぱたりと決闘(けっとう)の申し込みが減った。何でかは分からない。アリーの力におののいているのかもしれない。シキ自身、彼女の魔法に驚いている。しかし、何回も使える技ではない。魔力の消費量が多過ぎる。まだ、シキの魔力は全回復していないのだから。


「ところで今日はどこに向かっているんですか?」


 行き先を伝えられていないのに、毎度よくついてくるな。


「図書館だよ」


 知識とはあればあるほどいいものだ。無知は罪なり、とよく言ったものだ。例えばあのトラバサミ。知らずに触ろうものなら腕を引き千切られるわけだ。


 シキは魔術について最低限の知識しかない。周りの連中は幼少期から英才教育を受けてきている、その差は計り知れない。だからこうして月に何度かは図書館を訪れて、役立ちそうな知識を吸収していた。図書館は校舎とは独立した建物になっており、おそらくそこらの大学図書館よりデカい。この学園の財力を知らしめているかのようだ。ちなみに図書館も決闘は禁止だし、魔術の使用も(ひか)えるよう規則で定められている。あと図書館の本をなくすとペナルティがつくらしい。


 もっぱらシキは電子書籍派だったが、このスマホにそんな機能はない。アナログを好む魔術師らしい考え方だ。


「うわぁ! すっごく広いですね」

「しーっ。図書館では小さな声で喋って」

「はーい」


 学生証を見せ、さらにアリーが召喚物であることを説明し、やっとこさ室内に入れた。


「アリー、君は文字を読めるの?」

「はい。召喚される時に一定の知識はインストールされるようなので。古文とかは読めないと思いますが、現代の書物であればいけますよ」

「そう。なら好きな本読んでていいけど……」


 提案をよそにアリーはシキの腕を絡み取るように抱きついてくる。


「一緒にいます」

「そう」


 動きづらいなぁと思った。図書館でアグレッシブなことはしないけど、ちょっと邪魔だった。


 でかいこの図書館は地上五階建て、地下五階建て。シキでも知る噂では、地下はもっと深くにまであると言われているが、真偽(しんぎ)を確かめたことはない。とにかくそこらへんの図書館とは比べものにならない広さと蔵書量(ぞうしょりょう)(ほこ)る。


 校舎にはエレベーターが備え付けられていないが、図書館は完備である。今回は地下一階に用があったので、階段を利用した。


 地下一階のフロアは、基礎魔術の本が並んでいる。授業では広く浅くしか学んでいないので、シキにはちょうどいいところだ。


「少しかび臭いところですね……」

「地下だし古い本もあるからね、仕方ないよ」


 シキは適当に一冊の本を取る。タイトルは英字で書かれていた。それをアリーに見せる。


「読める?」

呪文(じゅもん)か何かですか?」


 どうやら日本語しかインストールされていないらしい。楽できるかもと思ったが、ダメだったみたいだ。とは言え、魔術は伝統を大事にする。国独自の発展をしているらしいので、大半は日本語で書かれた書物が多い。そもそも外部に漏らしたくない情報は暗号化されるので、マルチリンガルでも意味はない。


 かく言うシキは高校英語ができる程度。英検で言えば二級が合格できるかどうか程度。あまり当てにできる実力ではない。


 先程手にした本は元の場所に戻し、日本語タイトルの本を手にする。魔力操作について書かれた本だ。今のシキに足りていないもの。


 授業中の時間だが、三年目以降の真面目そうな学生がちらほらと歩き回っている。階段とエレベーターの近くは気が散ると思い、シキたちは部屋の奥側にあるカウンター席に座った。


 アリーも気になった本があったのか、何か持ってきたようだ。……内容は分からなかったが、グロい写真が載っている。


「何、その本」


 気にはなったので聞いてみた。


「これですか。魔術で攻撃を受けた時の、人体のは損傷を研究したものみたいです」


 どんなもの好きが書いた本なんだろう。そんな本を持ってきたアリーの思考回路もよく分からない。


 以前、シキもグロ方向の本を読んだことがある。拷問(ごうもん)に関するものだ。実践授業になった時に役立つのだ、これが。前回は歯を抜くだけで済んだが、歯くらいでは口を割らない輩もいる。先祖代々の家というのは、伝統を守るために拷問(ごうもん)対策だってしてくる。可哀想に。


 そろそろお目当ての本に目を通そう。




 どうやら魔力を上手に操作するためには、魔力の形を捉えなければいけないらしい。シキの場合、魔力を削られる時に機敏(きびん)に感じ取れるので、その時にイメージを整えられるようにしないといけない。練習する度に魔力が乱れるのかぁ。


 横に座るアリーの顔を見る。整った顔だった。背は少し低いものの、これだけ整った顔があればそれだけで食っていけそうだ。


 リップを塗っているところを見たことない(くちびる)は、なぜだかいつもしっかり保湿(ほしつ)されていた。どういう仕組みで成り立っているのか。


 横からの視線に気づいたアリーは、本から視線を外してシキに笑顔を向ける。図書館に相応しい小さな声で「何ですか?」と口にした。


「や……あのさ」


 シキは言葉に詰まりながらも、気になっていたことを聞いてみることにした。


「召喚者が毛むくじゃらのおっさんだったりしても、アリーはキスとか、その……いろいろしたりするの?」


 アリーのツボにハマったのか、彼女は爆笑する。司書さんに怒られたのでごめんなさいをした。ひとしきり笑い終えたアリーは、いやいやと手を振った。


「わたしにだって選ぶ権利はありますよ」


 アリーは()かしただけのシキの栗色の髪を触る。


「あなたが可愛くて愛らしくて、一生懸命で、苦悩しているから召喚に応じたのです。簡単に言えば好みの女の子だった、それだけです」


 そんな面食いみたいな理由で召喚されていいものなのだろうか。とりあえずこの顔に産んでくれた両親に感謝しておこう。


「あとはアレですねー。魔力量的にちゃんと召喚してくれそうだったからでしょうか。召喚されたのにすぐ死なれちゃ困りますから」

「やっぱり私って魔力量多いの」

「はい。人間が抱えられる量を遥かに凌駕(りょうが)していますね。特異体質というやつでしょうか。全然セーブできていないのは問題ですが、まぁ始めて一年足らずならこんなものでしょう」


 アリーはシキの読んでいた本を取り上げる。中をパラパラとだけ見て閉じた。


「見るより慣れろです。特訓をしましょう」



  ◆  ◆  ◆



 最近、毎日のように訪れている演習場である。もっぱら体術の稽古(けいこ)をつけてもらっているが、今日は何をするのだろうか。


「せっかくですから稽古(けいこ)もちゃんとやりましょう。一石二鳥(いっせきにちょう)というやつです」


 シキは嫌な予感を感じ取った。


「シキはいつも通り武器を作って戦ってください。ただし、わたしはあなたの魔力を無駄に吸い上げますので魔力量には注意して挑んでくださいね。はい、始め」


 質問など受け付けることもなく、アリーは手を叩いて合図をした。シキはすぐさま刀を出現させるも、すぐに体の違和感に気づく。風邪を引いた時のような重だるさ。すでに魔力を吸い上げられているようだった。


 体を真っ直ぐ立たせることすらきつい。わざと乱暴に吸い上げているに違いない。


「どうしました? 来ないんですか?」


 シキの(あお)り耐性は低いが、すぐに攻撃に転じられるほど元気もない。だんだんと吐き気が込み上げてきている。


「なんだ、つまらないですね。もっとこう……必死にお願いします」


 ふとシキが目の前を見たらアリーが立っていた。数メートルくらい離れていたはずなのに、一瞬で間合いを詰められていた。慌てて防御姿勢を取るが、いつの日かと同じように足を(すく)われる。頭を打たないようにと手で頭部をガードしたら、次はノーガードになった腹部に蹴りが入る。本気の蹴りではなかったが、「ぐぅ」の音が出るには十分な攻撃だった。


「人間、このくらいなら死にませんよね」


 ()みつけられる、と思い横に飛んだ。小さな拍手が起こった。アリーのものだった。


「逃げるのは少しマシになってきましたか。でも、逃げているだけでは相手を倒せませんよ?」


 体力が完全に尽きる前に一撃食らわしたい。シキは攻撃に転じる覚悟を決める。防御する時、人間は手が出る。妖精も形は変わらぬから同じであろう。必殺の一撃にはなりえないが、シキは手を狙うことにした。


 妖精に利き手があるかは知らない。ひとまず左手を狙う。


「まだ遅いですね」

「なっ!?」


 左手一つで刃を掴み、アリーはそれをへし折った。あっという間に刀は形をなくしてしまう。


 空いていた右手がシキの細首を掴む。力は大して込められていなかった。そのまま部屋の壁に押しつけられる。アリーの右腕をシキの両腕が掴むがびくともしない。


及第点(きゅうだいてん)にはほど遠いですね。これから頑張りましょう」


 そうして逆らうことの許されない口づけをされる。魔力が戻ってくるのを感じる。この感覚を少しでも覚えなければならない。


 三十分くらいそのままでいて、やっとこさ解放された。シキは抱き締められる体勢だった。


「何で私抱っこされてるわけ?」

「いやーシキは可愛いなと思いまして」

「どこが……」

「とこってそれはですね、刀を折られた時に見せた驚きの顔とか、キスしている最中にだんだんと息が苦しくなって涙目になっているところとか」

「もういいです」


 幼稚園でやるように、アリーはシキを抱っこしたままぐるぐると回る。


「わたし、名案が浮かびました」


 回転は止まらない。


「聞いてやるから、一度落ち着いてくれる?」


 止まった。少し目が回っている。


「で、名案とは?」


 シキは警戒してアリーから距離を取る。


「わたしがシキから過剰に魔力を吸えば、毎日いちゃいちゃできると思いません?」

「思いません! てゆうかそんなことしたら死ぬ」


 人が必死になっている時になんてくだらないこと考えているのか。腹立たしさを越して呆れてくる。


「アリー、君は煩悩(ぼんのう)ばかりだね……」

「すみません、宗教のことはあまり詳しくなくて」


 (あが)めるより(あが)められる側だものな。一瞬、気を抜いた瞬間にまたアリーに抱きつかれた。これが殺意を含む行動であったら、とっくにシキは死んでいる。


「痛い痛い……。抱きつく時は優しくしてって言ってるでしょうが……」

「えー、わたしはいつだって優しいですよ?」


 無邪気な〈狂戦士〉(バーサーカー)。彼女を上手く使役(しえき)できるようにならなければ、この先生き残るのは大変だろう。


 犬にするように、アリーの頭を撫でる。犬のように喜んでいた。多分、こうゆうことではない。


「アリー、もう一戦、相手してくれる?」

「はい、もちろん!」


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