010
朝がやってくるのはわりと早かった。もう冬は遠の昔に過ぎ去っていたのだ。シキはどちらかというと夜型生活だったので、朝日が昇る時間など知らなかった。
魔力探知をされている身のため、シキたちはあまり一箇所に長居できない。当然、ゆっくりと眠ることもできない。
襲ってきた集団の人数が三十一人だとすれば、それが大体の数だろう。すでに減らしたのが六人。あと何人間引けば授業は終わりになるのだろうか。
「ねぇ、シキはスカートはかないのですか?」
昨日の女子生徒から奪ってきたのだろうか。アリーは制服のスカートを持っていた。
「あちこち動き回るのにスカートは邪魔じゃない?」
アリーの服に目をやる。純白のワンピースはところどころ返り血で汚れていた。
「スカートなんて盗んでこないでよ……」
死んでもなおパンツを晒されてるなんて悲しい話だった。アリーにはスカートを捨てさせ、目的地へ急ぐ。攻撃はこなかった。相手はヤバいと思って拠点を移動してるに違いない。
教えてもらった拠点は空だった。しかし、明らかに複数人がいた痕跡がある。
「三十一引く四は?」
「二十七ですか」
よかった。妖精も計算はできるらしい。
「さすがにプラス二十七人も死んだら帰れるでしょ」
◆ ◆ ◆
逃げる相手を見つけるのは、わりと簡単なことだった。うかうかしていたら追いつかれる状況ならなおさら、あちこちに痕跡が残っている。
だから、シキとアリーはあっという間に敵の新たな拠点を見つけられた。
しかし、シキは舌打ちをする。何が三十一人だ。大嘘も大概にしてほしい。シキの視界の範囲にいる魔術師の数は五十人を超えている。
「多いですね」
「本当にね」
魔力探知でシキたちの居場所は割れているはずだが、様子見されているようだった。想像の倍以上がいる。どうしたものか。
逃げるという選択肢は一番の悪手だろう。何となく後ろにも気配がする。挟み撃ちになって終わりだ。
遠距離の相手に対して、普段シキは投擲を行う。それは腕に自信があるからだ。遠距離の攻撃なら銃の類が優れている。引き金を引けば弾が出るのだ。ナイフを投げるよりお得である。
シキは銃の作成も一応はできる。特訓をしたからナイフや刀ほどの速さはないが、出現させられる。魔力量の多さからしても、弾をほぼ無限大に生成できる。無敵である。
残念なことにシキには射撃の才能がなかった。体が軽いこともあってか、扱える種類も限られる。だから遠距離の攻撃は投擲一択であった。
それはつい先月までのこと。アリーは繊細な魔法を使うことを苦手としていた。派手な魔法は得意だった。何せ王族の血を引く妖精である。
「いいんですか?」
「あぁ、いいよ。お願い」
アリーの手を強く握った。刹那、体中の血が沸騰するような感覚に陥る。痛い、熱い、痛い痛い痛い――
痛みから逃れようと空を仰ぐ。空は青くなかった。アリーの瞳と同じ金色に輝いていた。
「わたし、かっこいい武器って好きなんですよ。あれらは自慢のコレクションです」
百本を超える剣や槍の数々が天から地上へ降ってくる。本来の落下速度を超えて。
叫び声はほとんど聞こえなかった。それくらいあっという間の出来事だった。吐き気を催すような凄惨な情景が目の前にある。
実際にシキはその場で吐いていた。悪逆の限りを尽くされたような状況に酔ったのではない。一度に多くの魔力を持っていかれ、体内のバランスを崩しているのだ。
「失礼します」
とにかく戦える状況ではない。まだ生き残りがいるかもしれないし、アリーは自己判断をしてシキを抱えて雑木林の奥へと走る。
「大丈夫ですか?」
シキが土の上に降ろされたのは、十五分ほど走ったところだった。さすがに追っ手の気配はない。
「いや……無理……」
体を丸めるようにしてシキは横になる。「ぜぇ……ぜぇ……」と吐く息が重たい。
「失礼します」
アリーはシキを抱えた時と同じ台詞を同じトーンで繰り返す。シキの足の間に陣取り、四つん這いになる形で彼女にキスをした。相手がゲロを吐いた後でも気にしなかった。
「いいですよね」
同意しか受け付けないという声色。
アリーの白い腕が、シキの腰に巻かれているベルトに移る。器用に片手で外した。
「だからスカートの方がいいと言ったんですよ」
◆ ◆ ◆
アリーの言うことは嘘じゃなかった。キスよりも効率のいい方法は存在している。しかし、その方法が推奨されるべきものだとは思わなかった。
「大丈夫ですか?」
本日何度目かの大丈夫だった。全ての回答にシキは「大丈夫じゃない」と返していた。魔力の暴走はすっかりよくなっていたが、体力を根こそぎ持っていかれた。さらに気分を悪くする要因として、初めてが野外プレイというニッチなものになったことだ。襲われる以外の選択肢で、こんなことになる?
迎えが来るまでの間、シキとアリーは堤防にいた。シキは気恥ずかしくてあまりアリーの顔を見られなかったが、アリーの方は覗き込むようにしてシキのことを見ている。
「シキもちゃんと女の子らしい声を出せるんですね」
「もうこの話やめろつったろ!」
「反応が可愛くてつい」
海に叩き落としてやろうかと思った。
血や土がこびりついた制服を早く脱ぎたい。吐き気は収まっているものの、全身の気持ち悪さは拭えない。
今回の実践授業、こんなことは初めてだったと思う。特定の一人を殺すだけでクリアなんて甘い話過ぎる。しかもシキは良家の出ではない。金銭的にメリットもなければ、派閥の争いにも関与していない。いやはや、誰の策略だったのか。
シキは友達がいないので、情報収集も難航しそうだった。
迎えのヘリがきた。乗ってから睡眠薬を渡され、正直眠っていいものかと悩んだが、あとはアリーに託すことにした。
アリーとの夢を見た。最悪な目覚めだった。




