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第7話 バッグの女神

ワイバーンの一件から翌日。

私とベルは冒険者ギルドへとやってきた。


「入館証をお願いします」


私は警備員にすっと冒険者カードを提示した。

まだ契約期間が残っているので、冒険者として入館できる。


「えーっと、どこにしまったっけな」

ベルが大きなバッグの中を漁っていた。

覗き込むと、書類、封筒、筆記具、クリップ、髪留め、付箋にレシートまで。

乱雑に詰め込まれたバッグに、奥まで手を突っ込んでゴソゴソやっている。

「これだ!」

ベルはようやく、ギルド入館証を取り出した。



大きな戸が開かれると、錆の匂いが鼻をついた。

まだ数日ぶりなのに、実家に帰ってきたような安心感。

勇ましく戦う冒険者を夢見て、ギルドに飛び込んだあの日を思い出す。



依頼ボードの方を見ると、すぐに目的の人が見つかった。


「ビクタムさん。おはようございます」

「おお、おはよう。えっと、お前は確か……」

「レジナルドです」

お互いにギルド内で顔を見たことがあるぐらいの関係性。

突然声をかけられて、ビクタムは目を丸くしながら振り返った。


「ビクタムさん、昨日は大活躍だったらしいじゃないですか」

「そうなんだよ! 聞いてくれるか!」

ビクタムは鼻の穴をふくらませて、身を乗り出した。


「3日前に、ブロード商会のマジックバッグを買ったんだ」

ビクタムが肩にかけたバッグを見せてきた。

冒険者向けに動きやすく設計された、斜め掛けのボディバッグ。

飾り気のない、洗練されたデザイン。

機能性は言うまでもない。


「すごいんだぞ! このバッグには女神様が入っているんだ!」


後ろにいたベルが堪え切れず、鼻からフッと笑いが漏れた。

ビクタムがベルの存在に気付いた。

「ベルさん! このマジックバッグのおかげで無事に帰ってくることができたんです! あなたは命の恩人です!」

「あはは、それはよかったわ」

ベルは笑いながら返した。


私は手を挙げて、話題を戻した。

「それで、昨日の出来事なんですけど――」

「そうそう、ワイバーン巣の調査依頼中に、帰ってきたワイバーンに襲われたんだ」

私もベルも、もちろん事情は全て知っていた。

だが、口を挟む間も無く、ビクタムは息も継がずにまくしたてる。

「ヒーラーがやられちまって、撤退を余儀なくされてな。俺もワイバーンの攻撃を受けちまったんだ。もうやばいと思ったその時だ。マジックバッグから回復薬を取ろうとしたら、一緒に解毒薬が出てきたんだ! そこからがすごくて――」


私は思わず、手のひらでビクタムの言葉を制した。

「それなんだけど……実は私たちが介入したんだ」

ビクタムは全く理解できないといった様子で、眉をひそめた。


「すまない、順を追って話そう。実は、ブロード商会に就職したんだ」

「は!? お前が? ベルさんの下で働いてんの!?」

ビクタムから向けられる羨望の眼差しに、あははと笑って誤魔化した。


「それで、いまの介入したってどういうことだよ?」

「続きは私から説明しますね」

ベルが前に出た。


「昨日、バッグがあなたの危険を察知して、我々に通知が届きました。そこで我々は、勝手ながら救援物資をあなたのバッグに送ったんです」

「そうだったんですか。では、ベルさんがバッグの女神だったということですね!」

見当違いの言葉に、ベルは営業用の笑顔を、迷いなく差し出した。


「それで、ビクタムさん。今回のことは内緒にしておいてほしいんです」

「どうしてです?」

「今回はなんとか対応できましたが、これを冒険者の方々、全員に続けていくことはできないからです」

「なるほど、そう言うことでしたら」

ビクタムはうんうんと頷いた。


その時、ベルの笑みがスッと消え、ビクタムの目をまっすぐ捉えた。

「ところで、今回送った商品の金額についてなんですけど」

一枚の紙が差し出された。


覗き込んだビクタムの顔が青ざめた。

「き、金貨2枚と銀貨83枚!? 命を救っていただいたことには、本当に感謝しています。で、ですが、私にも生活が――」

「安心してください! 今回はブロード商会にお任せください!」

「いいんですか?!」

「――命が助かったことが、いちばんですから」

ベルの自信満々な表情を、ビクタムはうるうるとした目で見つめていた。


ベルは一呼吸おいて、ビクタムに顔を寄せた。

「その代わり、お願いがあります」

「なんでも言ってください」

ビクタムはヒソヒソと答えた。


「まず。今回、ビクタムさんがバッグから取り出したものは全て、ご自身で事前に用意していたものということにしてください」

「はあ……」

ビクタムは首を傾げた。


ベルはビクタムの目をまっすぐ見て言った。

「こんなにたくさんの物が入る素晴らしい商品だってこと、冒険者の皆さんに宣伝していただけますよね?」

「はい! よろこんで!」


ビクタムは深々とお辞儀すると、早速、近くにいた冒険者の方へ軽快に駆け出して行った。




用事を終えて、私とベルは事務所に戻った。

ベルは自分の事務机の椅子に腰を下ろし、バッグを横に置いた。


「ベルさん、流石でした。これで冒険者での評判も上がること間違いないですね」

「そうね、あの人なら、大げさに触れて回ってくれるはずよ」


チアリーがお茶を持って来てくれた。

「お仕事中のベル、生き生きしててかっこいいですよね〜」

「はい、とっても勉強になりました」


ベルはふふんと鼻を鳴らしながら、机の中から何かを探していた。

「あれー、どこに入れたっけな」

「また何か無くしたの?」

アゼッタが自分の仕事を淡々とこなしながら、質問した。


「昨日とってきた契約の書類をどこに仕舞ったか忘れちゃって」

覗き込むと、シワになった見積書、前回の見積書、そのまた前回の見積書。

その間には、輪ゴムの球、押し花になった付箋、封筒から頭を覗かせる金貨。


机の中は「仕舞う」なんて程遠い、「とりあえず入れておこう」の集大成だった。


「もーこの間、片付けたばっかりなのに!」

「いいじゃない。またチアリーが片付けてくれるでしょ」

「だからー!」

チアリーはぷんぷんしながらも、手早くベルの机の片付けを始めた。



私とアゼッタも一緒に探すのを手伝うことにした。

昨日とってきた契約書。

ということは、最後に触れたのは外出先?


ベルに許可をもらって、バッグの中身をひっくり返した。

だが、その中にも探し物は見つからなかった。


バッグの中をもう一度、よーく見てみた。

内ポケットの裏地に手を入れると、“ぺりっ……”と小さな手応え。

折れた付箋と一緒に、封筒が顔を覗かせた。

「……ありました」


「もう! ほんとに、ベルって仕事“だけ”は優秀だよね!」



最後までお読みいただきありがとうございます!

ほんわかした日常回が好きです。



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