第5話 バッグの中の倉庫
「今日は冒険者向けのマジックバッグ倉庫です」
出社するとすぐにアゼッタが、今日の研修内容を告げた。
「冒険者」という言葉に肩がすくむ。
アゼッタが給湯室の先の戸を開いた。
鉄の匂いが鼻腔をくすぐり、白い息がふくらんだ。
魔法陣を踏まないように、部屋の奥に浮かぶ結晶の前まで移動する。
「これは『コア』。ブロード商会の心臓です」
私は目を細めてコアを見つめた。
コアからは、空間が歪むほどの濃い紫の光が溢れ出していた。
光は霧となって台座の縁からこぼれ、床をゆっくり這って、靴先でたゆたう。
「なんというか、ちょっと不気味ですね」
「そうですね。この光の正体は、蓄えられた魔力なんです」
「え、魔力を貯めておくなんて、できるんですか」
「ブロード商会の創始者、デベロ・ブロードが生んだ技術です。この情報は商会の最深秘。ギルドやどの取引先にも伏せています」
アゼッタは眉間にしわを寄せた。
その迫力に、私も背筋が伸びた。
「これを見てください」
アゼッタがコアに手をかざした。
コア周囲に、大小の光の板が層状に展開された。
「これは、倉庫全体の縮尺模型?」
「そう」
よく見ると、板の上には小さな箱が無数に並んでおり、通路を箱が移動していった。
「コアを中心に、その魔力を利用して、倉庫空間を具現化しています」
眺めていると、昨日作った2重ループが、模型の上でも滑らかに回っている。
「チアリーがゴーレムを動かす際の魔力も、精霊の給与としての魔力も、このコアから――」
見れば見るほど愛おしい箱の流れに口もとが緩んだ。
「レジーさん、聞いていますか?」
「ああ、ごめんなさい!」
「まぁいいです。倉庫に向かいます」
2人は魔法陣の上に移動した。
アゼッタが魔法陣を起動すると、目の前を白い光が覆った。
目を開けると、白い空間内に、昨日よりこぢんまりとした倉庫。
いくつものブースに分けられており、入出庫ゲートがブースごとに1つ配置されていた。
「剣、回復薬、罠、テント……ここがマジックバッグの中なんですね」
「はい。ゲートそれぞれが、別々のバッグ入り口に繋がっています」
ブォンと音を立てて、ゲート上のモニターが点灯した。
同時にゲートに繋がるコンベアが駆動し、そばのゴーレムも起動した。
「持ち主がバッグを起動したみたいです」
モニターの出庫リストに剣名とロットが表示された。
ゴーレムは素早い動きで、すぐ横の棚から該当の剣をコンベアに流した。
剣はゲート内に消えていった。
「これはすごい。商会・工房向けのシステムを小規模にして、冒険者向けの運用に落とし込んでいる」
「はい。ベルの発想をチアリーが形にした、ブロード商会の新しいビジネスモデルです」
めずらしく、アゼッタの耳がうっすら色づいた。
そう知った上でその倉庫を見回すと、まだまだブース数は20にも満たない。
「冒険者への販売促進は喫緊の課題ですね」
その時、奥のブースから「ジリリリ!ジリリリ!」と大きな音が響き渡った。
アゼッタと一緒にアラームの元へ駆け寄った。
「何があったの!?」
「持ち主に生命の危機が迫っているようです」
アゼッタは淡々と述べながら、壁の通信機を手早く起動する。
「チアリー、ベル、緊急事態です」
『今から向かいます!』
間もなくして、白い光から2人が現れた。
チアリーがモニターを操作すると、映像が切り替わった。
肩から指先まで強ばりが走り、息が一拍、胸で止まった。
『グゥオォォ!』
けたたましい咆哮と共に、ワイバーンがモニターに大写しされた。
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