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第18話 隣の大手商社

「今日は大仕事よ」

ベルはいつになく真剣な面持ちでスーツの襟を正していた。


私も着慣れないスーツに身を包み、鏡の前で自分の姿を見回していた。

ブロード商会での初任給で仕立ててもらった、特注品だ。

ジャケットを羽織ると、すっと背筋が伸びた。

私は、青く輝くブロード商会の商会章を胸元に付けた。


「レジー、ネクタイが緩んでいますよ!」

チアリーが手際良くネクタイを締め直してくれた。


「ベル、レジー、よろしくお願いしますね」

アゼッタが作業の手を止めて、こちらに声をかけた。


「ええ、任せといて!」

「が、頑張ります!」


ベルと私は、2人に託された祈りを背負い、ジャケットの裾を翻して事務所を飛び出した。


私は肩で風を切って、道を歩いた。

来るべき好敵手との戦いを前に、胸の高鳴りに押されるようにして、歩みは速くなった。



「おーい、どこまでいくの!」


背後からのベルの声に呼び止められた。

振り返ると、ベルが事務所横の豪邸前で立ち止まっていた。


「ここが、今日の取引先、オールポート総合商社」


「え! 隣の建物って取引先の本社だったんですか!?」


いつも通勤時に目標にしていた、城のごとき豪邸。

その屋敷はいつにも増して威圧的に聳え立ち、門扉の輝きは陽の光を照り返して、より眩しかった。



屋敷の周りには、私の身長を優に越す高さの柵が巡らされており、その一本一本が厳かに輝いていた。

門柱には「オールポート総合商社」と書かれたプレートが掛けられていた。

その横に備え付けられた魔法仕掛けの呼び鈴をベルが鳴らした。


『はい、オールポート総合商社でございます』

「ブロード商会のベルと申します。本日、オールポート社長にお時間を頂いております」


「少々お待ちください」と言って通信が切れてから、数秒。

流れる沈黙に耐え切れず、私は唾を飲み込んだ。


『確認いたしました。門を開けますので、正面玄関までお進みください』


見るからに重そうな門が、ひとりでに開いた。

敷地に足を踏み入れた後、門がゆっくりと閉まるところまで、私は振り返って見入ってしまった。


守衛に会釈しながら、奥へと足を進めた。

足元には美しい石畳の道。

少し横に目を向ければ、手入れされた庭木に噴水。

その奥には、配送用の荷馬車が脇道で列をなしていた。


真っ白な玄関を間近で見上げると、一瞬、自分が小さくなったのではと錯覚を覚えてしまった。

扉が開き始めた。どんな魔法も通さなさそうな分厚い扉だった。

手のひらがじっとりと汗ばみ、目線は、勝手に開いていく扉を追っていた。


ベルが私の背中を、ぽんっと叩いて、先に歩みを進めた。

はっとして、私もベルに続いて、エントランスホールへ入った。


「ブロード商会のベルです」

「お待ちしておりました」

受付の女性が背筋の伸びた美しいお辞儀で出迎えてくれた。


「こちらにお名前とご所属をご記入ください」

指示に従って必要事項を記入し、来客証を受け取った。


「担当者をお呼びしますので、あちらのソファーにお掛けになってお待ちください」


私たちは受付に感謝を述べて、ソファーまで移動した。


多くの社員が忙しなく、書類を抱えて行き交っていた。

高い天井を見上げると、豪奢なシャンデリアが眩しく輝いていた。

正面の壁を見ると、王国の地図が大きく飾られ、王国各地に打たれた印は支社の多さを物語っていた。

右を向くと、開放的なオフィススペースに机がずらりと並び、従業員たちがそれぞれの持ち場で黙々と仕事に取り組んでいた。

左を向くと、ベルがいつもと変わらない表情で、そこに座っていた。

ベルが私の目線に気づいた。


「レジー、あんまりキョロキョロしないでね。自分に自信を持つことが、営業には何より大事よ」


私は頷くも、膝の上に置いた手の指先はソワソワと動いていた。



「大変お待たせいたしました。社長室までご案内いたします」


女性の声に私は目線を上げた。

その女性の後について、階段を上がった。

たどり着いたのは、3階――この建物の最上階だ。


斜め後ろの窓をちらっと振り返ると、視界の端に小さく、ブロード商会事務所の屋根が見えた。


「こちらが社長室でございます」

女性が戸をノックした。

「社長、ブロード商会のベル様、レジナルド様がお見えです」


「入ってくれたまえ」

中から、男性の声が聞こえてきた。


女性が戸を開けた。

私は女性に会釈すると、ベルの後ろを追って、社長室に足を踏み入れた。



大きな窓から光が差し込み、街並みを一望できた。

壁一面の本棚には帳簿や地図、見慣れない言語で書かれた書物が並んでいた。

手前には革張りのソファー、中央には重厚な黒い机。

その向こうで、1人の男性が椅子から立ち上がった。


「ようこそ。わざわざ出向いてもらってすまないね」

そう言って、こちらへ歩み寄り、ベルに手を差し伸べた。


「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」

ベルが一歩前へ出て、その手をしっかり握り返した。


次に、男性は私の方を向いた。

視線が合うと、思わず背筋が伸び、肩が持ち上がった。

「はじめまして。ブロード商会のレジナルド・ハワードと申します」

そう言って、男性の手を握った。


「はじめまして。この商社の社長をしている、サビー・オールポートです」

オールポートは力強く、私の手を握り返してきた。


オールポートの表情はにこやかだった。

灰色の混じった髪をきちんと撫でつけ、髭は几帳面に剃り上げられていた。

身にまとった紺のスーツは、私の目から見ても、オールポートのために仕立てられた、一級品に違いなかった。


オールポートに促されて、私たちは向かい合うソファーに腰を下ろした。


「では、今日は少し、大きな話をしようか」


ブロード商会に入社して初めての、大一番の商談が始まろうとしていた。




最後までお読みいただきありがとうございます!

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