第17話 打ち上げの夜
その夜、酒場の一角には、ひときわ浮かれた4人の姿があった。
「いい? ここ重要よ! 今日の100件はレジーのおかげなの。で、そのレジーを拾って磨いたのは私。つまり、私のおかげなの!」
「えー私だって、倉庫作るの頑張ったもん!」
「頑張りすぎて倒れてましたけど」
ベル、チアリー、アゼッタまでもが頬を赤く染めていた。
私はその様子を微笑ましく見守っていた。
「なんだと〜! まったくアゼッタはちっちゃくて可愛いのがいけない! 歩いてるだけでも可愛いし、真面目に仕事してるのも可愛いし、ベルを怒ってる時も可愛い!」
ぬるぬるとすり寄るチアリーの頭を、アゼッタは手のひらで遠ざけていた。
「だからチアリーには、お酒を飲ませたくないんです。ていうか、ベル。いっつも無茶苦茶なこと言って、こっちがどれだけ苦労しているか分かってます?」
「いいえ、アゼッタ? 私は理に適ったことしか言わないわ!」
「どの口が言ってるんですか! 今日だけで、誤字脱字が3つ、金額の書き間違えが2つ。しかも、『細かいことはいいのよ』とか言って、勝手に私の確認印押そうとしましたよね」
「細かいことはいいのよ!」
「よくないです! ていうか、チアリー、いい加減離れてください」
「えへへ〜。アゼッタ、今日の髪型も可愛いよ〜」
「チアリーもよく聞きなさい! 私たちブロード商会の目標は、世界一の大商会になることよ!」
ベルがグラスを高々と掲げた。
「ほらまた無茶苦茶言い出す。世界一なんていつ決まったんですか!?」
「決まってるわよ。今、私が決めたもの!」
私は静かに見守っていたが、周りからの視線が気になって仕方なかった。
すると、近くにいた冒険者グループが話しかけてきた。
「姉ちゃんたち、もしかして、マジックバッグのブロード商会の人たちじゃねぇか?」
ベルがグラスを持って、ずいっと前に躍り出た。
「そうよ! なんと本日、冒険者のマジックバッグ契約数100を突破しました!」
わっと周囲の卓からも拍手が湧いた。
「おおー」「やるじゃねぇか!」「じゃあ一杯奢れ!」「おめでとう!」
喧騒の中、先ほどの冒険者たちの話し声が聞こえてきた。
「しかし、マジックバッグすげえよな。遠征に生肉持って行っても腐らない。薬も装備もどんだけ持っても、重さがかわらねぇんだからよ」
「ああ。こないだは、回復薬いっぱい入れといてよかったな」
「あの坊主ども、無事に助けることができたもんな」
「何かあったんですか?」
私は思わず、話に割り込んでいた。
「おお、新人パーティーがひどい怪我してるところに出くわしてな」
「その新人は、回復薬は持っていなかったんですか?」
「それがよ、いっぱい持ってはいたんだ」
どういうことだろうか、私は首を捻った。
「ラベルはそれっぽいんだが、中身が薄くて全然回復しなかったんだよ」
「最近、そういう安物の回復薬が出回ってるらしくてな。ギルド承認品を買うようにって、ギルドがお触れまで出してたぜ」
なるほど。
駆け出し冒険者では、生活でいっぱいいっぱいで、なかなか装備や道具までお金をかけていられない。
「こりゃ、『安物買いの命失い』になるところでしたね」
「誰がうまいこと言えって言ったよ!?」
隣の冒険者が笑いながら、肩を叩いてきた。
気付けば、昔馴染みの冒険者や顔見知りの連中も、いつの間にか輪に混ざっていた。
私は彼らとも、がははと笑い合った。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去った。
久しぶりに、何の不安もなく眠れそうだ――そんなことを考えながら、私はグラスの内側についた泡を眺めていた。
「じゃあ、そろそろ帰りましょうか」
私はベルに声をかけた。
「ええ、そうね。今日の費用は私の奢りで、会社の経費から出るわ!」
「いったいどっちなんですか!」
ツッコミを入れるアゼッタ。
その肩にもたれかかって、チアリーは気持ちよさそうに寝息を立てていた。
「えっと、お財布はどこに入れたっけな」
ベルはいつものごとく、大きなカバンの中を漁っていた。
「見つけた!」
そう言って、ベルは財布代わりにしている封筒を取り出した。
ぺらっ。
財布と一緒に出てきた一枚の紙が床に落ちた。
「ベル、何か落ちましたよ」
私はその紙を拾い上げた。
見ると、その紙には「解約書」の文字。
「え?」
「あ、そういえば。今日、まだ私には早かったって、解約していった冒険者がいたわね」
ん?
ということは……
「100人達成してないじゃないですか!」
アゼッタが特大の溜め息を吐いてから、顔を上げた。
「もう、ベルは本当に滅茶苦茶なんだから!!」
アゼッタの聞いたこともない大声が、まだまだ騒がしい酒場に響き渡った。
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