第15話 ブロード商会の魔導士
チアリーの退院から数日後。
それぞれの作業日程は、ゆとりのある計画に見直された。
私とチアリーは、コアの部屋で作業を再開していた。
目の前に浮かぶコアは、不安定に明滅していた。
「うーん、やっぱりコアが息切れしちゃってます」
「オプション倉庫も不安定ですね」
セーフティプランとオプション倉庫を組み込もうとすると、コアの挙動が安定しないのだ。
「ここにいても分からないので、ちょっと倉庫を見てきます」
私はチアリーにそう告げて、床の大きな魔法陣の上に移動した。
魔法陣を起動すると、白い光に包まれる。
目を開けたらそこはマジックバッグ倉庫だ。
『どうですか〜。何かおかしいところあります?』
通信機を介してチアリーの声が聞こえてきた。
倉庫内は整然と棚が並び、精霊が飛び、ゴーレムが荷物を運ぶ。
「いやー、いつもと変わらないように見えますね。もうちょっと見てみます」
試験的に設置している、セーフティプランの緊急区画まで移動した。
目の前をゴーレムが通り過ぎていった。
と思った瞬間、そのゴーレムの動きが止まった。
そして、方向転換すると、緊急区画に引き返し始めた。
まさか、そういうことか!
「チアリー! 優先度が競合しているかも!」
よく見れば、周囲のゴーレムの動きは明らかにおかしかった。
進んでは戻り、また別のルートへと入っていく。
『あーここだ! 二重の通行許可と、優先順位が食い合ってます!』
チアリーの声が返ってきた。
すぐにチアリーによって修正が加えられる。
『これでいけるはず!』
そう言って、チアリーは魔法陣をコアにかざした。
荷物が緊急区画に集まり始めた。
次々に運び込まれた荷物が、区画に集積していく。
何かおかしい。
「あれ、緊急区画だけにどんどん荷物が集まってますね」
『わーまずい!まずい!』
チアリーは急いで先ほどの魔法陣の指示を取り消した。
『うー優先度の閾値を下げすぎました……』
「そうですね。あと、こっちの集荷フラグが立ちっぱなしになってました」
私が指摘すると、チアリーは悔しそうに声を上げた。
倉庫での異常を一通り確認し、私はいったんコアの部屋に戻ることにした。
「大丈夫。一歩ずつ進んでいます――」
私が声をかける間もなく、チアリーは新しい魔法陣に取り掛かっていた。
その集中力に私は気圧されて、その続きは言えなかった。
しばらくして、次の魔法陣が完成した。
荷物が緊急区画に運び込まれ、必要分を運び終わった。
すると、ゴーレムが通常倉庫に移動し始めた。
「お!」
「やった!」
2人で顔を見合わせた。
その時だった。
コアが強く明滅し、緊急区画からの配送が完全に停止した。
「プール魔力が尽きちゃったみたいですね」
セーフティプラン用に切り分けている“予備魔力”が底をついたのだ。
アゼッタの試算では、この範囲内で回せないと、本番での安定した運用は期待できないそうだ。
「あーどこかから魔力漏れしてそう……」
チアリーは深く「はあ」と息を吐いた。
「ちょっと休憩しましょうか」
そう言って、私たちは事務所のソファーに移動した。
チアリーが2人分のコーヒーを持ってきて、向かいに座った。
「ありがとうございます」
一口含むと、その温かさが、固くなった頭を優しく解いてくれるようだった。
「……やっぱり、私には荷が重いのかもしれません」
チアリーはカップの縁を撫でながら呟いた。
私はそっとカップを机に置いて、チアリーを見つめた。
「私って“天才”でも“優秀”でもないんですよ」
チアリーは、カップの中で揺れるコーヒーの液面を、じっと見つめていた。
「王国立魔導学院にいた頃から、ずっと比べられてきました。元宮廷魔導士長であり、私の祖父である、デベロ・ブロードと」
「デベロ・ブロードさん……コアを作った、ブロード商会の創始者。その孫だったんですね」
私はあくまで冷静に、事実を確認した。
チアリーは小さく頷いた。
「はい。『天才魔導士ブロードの孫』って言われ続けて。わたしもすごい魔導士になるんだって、すっごく頑張りました。けど、成績はずっと真ん中ぐらいで」
堰を切ったように、チアリーの言葉は続いた。
小さな肩はわずかにすくみ、呼吸のたびに小さく上下していた。
「創始者の孫なのに、ブロード商会の心臓、コアを壊しちゃったらどうしようって、ずっと怖かった……」
1滴の涙が膝に落ちた。
私はふーっと息を吐いてから、チアリーに向き直った。
「それは辛かったですね……でも、チアリー、私たちはブロード“商会”です。私たちに必要なのは“1人の天才魔導士”なんかじゃありません」
チアリーの潤んだ瞳がこちらを向いた。
「私はこのブロード商会で、『より効率的な物流』『快適な冒険者の遠征』『命の危機を救うマジックバッグ』――その全てを実現したい」
気付けば私の体はソファーから浮き、机に身を乗り出していた。
「そのために必要なのは、私が考える仕組みを形にしてくれる仲間なんです!」
チアリーは鼻をすすると、手元のコーヒーを全て飲み干した。
「私はチアリー・ブロード! みんなが描く理想の倉庫を私が形にするのが私の役目!」
そう言って、立ち上がった。
私も、残りのコーヒーを勢いよく飲み干した。
私たちはコアの部屋に戻った。
チアリーの目は真っ直ぐ前を向いていた。
「まずは改めて、何をしないといけないのか、書き出してみましょう」
見出しは3つ。
通常入出庫、セーフティ入出庫、オプション入出庫。
その下に、2人で思いつく条件を整理していく。
「セーフティは、生体モニターが生命の危険を察知した時に作動させる」
「セーフティ作動中は指定物を運び切るまで、緊急区画を最優先」
「プール魔力は、セーフティ専用。使い切らないようにして」
「オプションは通常入庫から枝分かれさせる」
「徴収した魔力量に応じて、オプションのルートを変える」
続けるうちに、徐々に目指す倉庫の完成形が見えてきた。
私は、たくさんの条件をグループ分けし、フローチャートへ落とし込む。
矢印がひとつ、またひとつとつながっていった。
同時にチアリーは、魔法陣の円周に新しい記号をひとつ、またひとつと書き加えていく。
それからしばらく、私たちは言葉よりも手を動かし続けた。
フローチャートが書き直されるたびに、新しい魔法陣が描き直された。
コアの周りに展開された縮尺模型には、新たな倉庫と通路の光が点いては消えた。
そのたびに2人のペンは走り続けた。
「……これでいきましょう」
チアリーがペンを置き、顔を上げた。
私は一歩下がり、息を呑んで、その様子を見守った。
チアリーが新しい魔法陣をコアにかざした。
紫の光が一瞬だけ強く脈打ち、それから静かに落ち着いた。
縮尺模型には、オプション倉庫の層が、余計な点滅もなく順に重なって展開されていった。
緊急区画にだけ、別ルートが展開され、必要な分の荷物が運ばれた。
ゴーレムは整然と自分の目指すべき通常倉庫へ流れていった。
「……できた」
コアから溢れ出た光はいつものように、台座からこぼれ落ち、穏やかに足元を揺蕩っていた。
その中心には、チアリー・ブロードが描き上げた、新しい倉庫が息づいていた。
最後までお読みいただきありがとうございます!
チアリー覚醒回でした。今後もキャラの成長が楽しみです。




