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第13話 散らかった事務所

魔力プランの会議から1週間が経とうとしていた。

みんな忙しくしているのか、事務所はやや散らかりがちだった。

特にベルの机周りは、今までに見たことないほど物が散乱していた。


自席で作業していると、隣からアゼッタが話しかけてきた。


「レジー、すごいですよ。これを見てください」

アゼッタが2つのグラフを手渡してきた。


「これは?」

「1日の中での消費魔力量の推移です」


1枚目を見ると、早朝と昼過ぎに、2本の高い棒グラフが伸びていた。

2枚目をめくると、1枚目に見られた大きなピークが解消され、その分の消費が深夜にシフトしていた。


「すごい! ピークシフトがうまくいったんですね!」

「はい。深夜にも人手が割ける大手の取引先に提案してみたところ、快諾していただけました」


ピークシフト割は、私が最初に提案した計画だ。

入出庫が重なるタイミングをずらしてもらうことで、その分、契約料を値引きするというものである。


「これで1日の中での消費魔力が安定するので、今後の運用が非常にしやすくなります」

アゼッタはいつになく早口で報告してくれた。


「契約料の値引きの影響は大丈夫ですか?」

「はい。もともと金銭的には余裕をもって運営していましたので、全く問題ありません」

表情こそ変わらないが、その頬は明らかに紅潮していた。


「ご満悦って感じだね」

「は? 余計なこと言ってないで、仕事したらどうですか」


自分の仕事に戻るアゼッタの表情は、やっぱり変わらなかった。

ていうか、話しかけてきたのそっちじゃん。




そうこうしていると、玄関扉の軋む音がした。

「ただいまー」

ベルの声だった。今日は冒険者ギルドとの商談だったはずだ。


「おかえりなさい」

アゼッタと私は声を揃えた。


ベルは荷物をポイっと机の近くに放ると、私を手招きして呼んだ。

「ちょっとレジー、なんてことしてるのよ!」


私がいったい何をやらかしたというのか。

何も思い当たらなかった。


「あなた、いったいいつ、勇者アネストとの契約を取り付けてきたの?」

「ええと……ああ、冒険者カードを返納しにいった時ですね」


はあ、と息を漏らしながら、ベルは額に手を置いた。

「まあ、いいわ。座って話しましょう」

ベルと私は応接用のソファーに移動した。


「今日の取引の主眼は、ギルド公認で冒険者にセーフティプランを使ってもらうことだったの」


セーフティプランは、私が2つ目に提案した計画だ。

マジックバッグを介した保険制度で、普段から魔力を多めに預かっておくことで、緊急時に優先的に出庫したり、援助物資を提供するというものである。


「それで、商談はどうでしたか?」

「結果として、引き受けてもらえたわ」


やけに引っかかる言い方をする。


「よかったです。で、アネストがどうしたっていうんです?」

「冒険者ギルドは公認の条件として、アネストのパーティーでの試用検証を提示してきたわ」


あのパーティーは、現在ギルド1番の広告塔であり、稼ぎ頭だ。

私もそんなところに話が落ち着くだろうと考えていた。


「その時、同席していたアネストが『もうマジックバッグ持ってます』って言い出したのよ」


ですよね。

あの正直者の勇者だ。そう言い出すのは想像に難くない。


「そしたら、ギルドマスターが『アネストを取り込んだあげく、ギルドを騙して儲けるつもりだな! そうはいかぬぞ!』って言い始めて」

「あー……あの人、変に疑り深いですから」


ギルドマスターに振り回された、あの頃を思い出した。

ベルに対して、痛切な同情の念を禁じ得なかった。


「で、どうなったんです?」

「アネストが『そんな訳ないじゃないですか〜』って一貫して言い続けてくれてたおかげで、なんとか試用検証してもらえることになったわ。もちろん、検証中の費用はこちら持ちだけどね」


ベルの語気は、明らかにいつにも増して強かった。

私は「お疲れ様でした」と、苦笑いで労いの言葉をかけた。




ところで、とベルは私の耳元に顔を近付けた。

「レジー、チアリーのこと、気にして見てあげてほしいの」

「え?」


そういえば、ここ数日、事務所であまり姿を見ていない。


「あの子、根を詰めすぎちゃうから」


チアリーの不安そうな表情が頭をよぎった。

いつのことだっただろう……そう、匂い騒動の時に見せたあの表情だ。


寒気がしたかと思うと、みぞおちのあたりがぎゅっと引きつった。



「分かりました」

それだけ言って、私は足早に部屋の奥へ向かった。

間仕切り布をくぐった先は給湯室。その奥に白いドアがある。


ノックしてドアを開けた。


冷たい空気が肌を刺し、鳥肌が立つのを感じながら、部屋に踏み入れた。



「あっ、レジー。どうしたんですか?」

いつもと変わらないチアリーだ。

薄暗い部屋でチアリーの表情はよく見えなかった。


チアリーは、コアのそばで魔法陣を描いていたようだった。

周囲には文字と数字、魔法陣で埋め尽くされた紙が散乱していた。


「進捗はどうかなと思って」

「あー、間に合うように頑張ってますよ!」


チアリーは大袈裟に手を振り上げて、力こぶをつくってみせた。


「そっか、それならよかった。無理しすぎないでくださいね」

「大丈夫ですよ〜。今、ちょうど一つ、完成したところです!」


チアリーは「よっ」と立ち上がると、振りかぶって魔法陣をコアにかざした。

いつも通りのチアリーらしい、元気で可愛らしい仕草だった。


魔法陣が淡く青色に灯った。



その時、ふっと糸が切れた。



チアリーがその場に倒れた。


「チアリー!?」




最後までお読みいただきありがとうございます!

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