第12話 魔力プラン会議
朝食を流し込むと、そわそわした気持ちで家を出た。
寝不足の頭を、ひんやりした空気が叩き起こしてくれる。
いつもよりだいぶ早い時間に事務所に到着した。
「おはようございます!」
勢いよく扉を開くと、チアリーが1人で事務所の掃除をしていた。
「おはようございます!」
元気いっぱいに挨拶を返してくれた。
掃除をしばらく手伝っていると、ベル、アゼッタも出社してきた。
ベルはコートを脱ぎながら、私の顔を見つめた。
「レジー、なんだか良い顔してるじゃない」
「そうですかね」などと言いながら、机の資料を取り上げた。
「皆さん、ちょっと提案したいことがあります」
全員で応接テーブルに移動すると、私は3人に1枚ずつ資料を手渡した。
アゼッタはすぐに内容を察すると、ファイル内から紙をスッと取り出して、全員から見える位置に貼り付けた。
過去1ヶ月の魔力収支グラフだった。
私はアゼッタに感謝を述べつつ、3人の前に立った。
「ワイバーン事件も、防臭倉庫の件も、皆さんのおかげで、なんとか切り抜けることができました。ですが、ここを見てください」
私はグラフへ振り返った。
「このように、どちらも大きく魔力を削ることになりました」
グラフが大きく下がる2箇所を指差した。
「特に、ワイバーン事件では魔力リザーブが危険域まで低下しました」
アゼッタが口添えしてくれる。
「結果として命を救えましたが、倉庫全体を止めかねない綱渡りだった、と反省しています」
チアリーは「そんなことないよ」と言いたげに、そわそわしていた。
その隣で、ベルは足を組み、じっと私の話に耳を傾けていた。
「魔力は有限の資源です。今後も行き当たりばったりでは、救える命も救えません」
私は昨晩作り上げた計画書の見出しを指差した。
「だったら……魔力の使い方そのものを商品にしてしまえばいいんです!」
「なるほど、それで“魔力プラン”」
アゼッタが計画書を眺めて呟いた。
「まず、商人向け。オフピーク割プランを提案します。アゼッタ、1日の中で魔力消費が多い時間帯は?」
「早朝と昼過ぎですね。大口の入出庫が重なりますから」
即答だ。
「その時間帯を避けて、夜間などに入出庫を寄せてもらいます。その分、料金を値引きするんです」
「え、でもそれじゃあ、収入は減っちゃう?」
チアリーが首を傾げた。
「表面上はそうです。ただ、コアの“魔力ピーク”に余裕ができるので、その分、緊急用の魔力枠を確保できます」
身振りを交えて説明するも、チアリーの理解はいまいちな様子だ。
ベルは相変わらず黙ったまま、資料に視線を落としている。
「次に、冒険者向け。今まで通りのスタンダードプランに加えて、緊急時の優先出庫と救援物資送達までを含めた“保険付き”のセーフティプランを用意します」
「あ! さっき作った余裕を、そこに使うんだね!」
チアリーに頷いてみせた。
「それに加えて、用途ごとにオプションを用意したい」
私は資料の一角を指で丸く指し示した。
生鮮食品オプション、危険物オプション、毒物オプション――
「先日の防臭倉庫みたいなことですね」
アゼッタが補足してくれる。
「はい。オプション利用者には、通常より多く魔力を支払っていただいて、その分で倉庫全体の魔力を回す余裕を作ります」
ここまで黙っていたベルが、組んでいた足を解いた。
「理想論ね」
私は息を呑んだ。
ベルは真っ直ぐこちらの目を見つめる。
「でも、良いじゃない。命の保険付きバッグ……間違いなく冒険者に響くわ」
肩の力がふっと抜けた。
指先がじんわり温かくなるのを感じた。
「ただし、このままじゃ運用は厳しいわ。勝手に“保険付き”なんて名乗っても、煙たがられるだけよ」
ベルの一言に、私たちは自然と応接テーブルの中央に身を乗り出した。
全員の視線が、そこで重なる。
「まず、セーフティプランを使われすぎると、ワイバーン事件と同じことの繰り返しです」
アゼッタが口火を切った。
「対象を絞りましょう。ギルドからの推薦や、長期契約者のパーティーに限定するのはどうでしょうか」
私はそう提案する。
「それなら現実的ね。ギルドを巻き込めば、その分収益も見込めるわ」
ベルが頷いた。
ベルには、ギルドとの調整と、冒険者がどこまで払えるのか、その懐事情を探る役目をお願いすることになった。
「でもさ、結局、緊急時には精霊さんもゴーレムも総動員になるよね。魔力、足りなくならない?」
チアリーが不安そうに尋ねた。
「セーフティプランは、あくまで保険よ」
ベルが即座に応じた。
「普段から多めに魔力を預かって、プールしておく。それを緊急時に利用するの」
「その方針でいきましょう」
私は頷いて、アゼッタの方を向いた。
「魔力収支と料金設定の試算をお願いできますか。プラン別に“ここまでなら出せる魔力”の目安を、契約時に提示したいです」
「了解です」
アゼッタは短く答え、資料に視線を戻した。
魔力の出入りと、赤字にならないライン。
その境目を見極めるのが彼女の役割だ。
「じゃあ、私がするのは……」
チアリーが、資料を覗き込みながら口を開く。
「プラン別に魔力の流れが変わってくるから、ゲートとコアの制御を調整しないとだよね!」
「はい。コアの負担も見ながら、出庫の優先度を切り替えられるようにしたいです」
私は頷いた。
「それと、オプション用の特別倉庫の設置もお願いしていいですか」
「うん! やってみる!」
チアリーの笑顔がきらりと輝いた。
3人の顔を順番に見渡しながら、それぞれの役割を再確認をした。
ベルはギルドとの調整と市場調査。
アゼッタは魔力収支と料金の試算。
チアリーはコア制御と倉庫の準備。
そして私は、倉庫運用の具体化と段取りだ。
「みなさん、よろしくお願いします!」
頭を下げると、胸の奥で跳ねる鼓動を感じた。
こうして、“魔力プラン”は、まだ誰もその全体像を知らないまま、静かに動き出したのだった。
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