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第11話 新しい名刺

ブロード商会に入社してから1ヶ月。


つまり、冒険者業から離れて1ヶ月。

1ヶ月依頼を受けないと、冒険者資格が停止される。


今朝、ベルにこのことを伝えると――

「ちょうどいいわ。カードを返納しつつ、今後の営業用に入館証も作ってきて。ついでに、契約も取ってくるのよ!」

と、念を押されて、私は事務所を後にした。



10年間、毎日のように通ったギルドの重い戸を押した。

いつも通り、鉄の匂いが出迎えてくれた。


「あれ、レジナルドさん! お久しぶりですね!」

「お久しぶりです。すみません、連絡もせずに、長く顔を出さずにいて」

いつもの受付さんが元気に挨拶をしてくれた。

この受付さんとも、もう5年の付き合いになる。


「いえいえ、お元気でしたか?」

「はい、それはもちろん。実は、就職先が決まりまして、カードを返しにきました」

「それは、おめでとうございます!」

そう言いながら、受付さんは手慣れた様子で、手続き用紙を差し出した。

驚いた様子は全くなかった。



冒険者の仕事は、冒険者ギルドを介した日雇いの派遣業務だ。

大半の者はそこそこの年齢になると、どこかに就職して、冒険者から足を洗う。


それでも、そんな夢のない業界に、夢を持つ若者が入り続ける。


それは、高ランク冒険者への憧れだ。


「……本当に、夢のあるお仕事ですよね」

受付さんが、聞こえるかどうかの小さな声でぽつりと漏らした。

私は手元のペンを動かし続けた。


冒険者ギルドはAランク以上の冒険者を正式雇用し、広告塔として祭り上げる。

言うなれば、アイドルだ。


高難易度依頼が達成されれば、次の日の紙面や掲示板には「冒険者〇〇、ドラゴンを討伐!」と派手な見出しが踊り、美麗な似顔絵が立ち並ぶ。

その光景は、世の少年たちを魅了してやまない。


かつての私も、その眩しさに憧れてギルドの戸を叩いた1人だった。



用紙への記入が終わり、私は冒険者カードを取り出した。

カードを握る指先に、不意に力が入った。

胸に込み上げる熱いものを飲み下しながら、カードを受付に差し出した。


「これで手続きは完了です。お疲れ様でした!」



入館証の発行を待っていると、背後から声をかけられた。

「おう、レジナルドじゃねえか」


ワイバーン事件のビクタムだった。

「あ、久しぶりです。あれから調子はどうですか?」

「聞いてくれるか、Bランクに昇格したんだ! それもこれも、女神ベル様のおかげだな!」

ビクタムは胸の前で手を組んで、キラキラした目で空を見上げた。


「あはは」と流していると、ギルドの入り口でざわめきが立ち上がった。

その中心には、今、ギルドが一番売り出している冒険者アネストがいた。


「勇者様パーティーのご帰還だ」

ビクタムは、その様子に細い目を向けていた。


アネストのパーティー4人全員が、豪奢な意匠が施された装備を携え、大荷物を背負っていた。


気付くと私は、アネストの目の前に立っていた。

見上げると、絵に描いたような整った目鼻立ち。

目線が合うと、そのまつ毛の長さが印象的だった。


「ブロード商会のレジナルドです。次の遠征に向けて、マジックバッグはいかがですか? 大荷物からも解放されますよ!」

そう言いながら、チラシを差し出した。


ベルの営業をひと月間見てきた成果だろうか。我ながらずいぶん積極的だ。

アネストはすんなりとチラシを受け取ってくれた。


「マジックバッグ……最近話題になっているやつだよね! 気になっていたんだ! 後で詳しく聞かせてくれるかい?」


あまりの気さくで明るい声に、一瞬、圧倒されてしまった。

「はい、もちろんです! お待ちしております」

私も負けじと声を張る。

こりゃ人気もでるよなぁ、と勇者と呼ばれた青年の背を見送った。



「あいつら、今度の依頼は大陸の向こうまで行くらしいから、マジックバッグは必需品だぞ」

戻ると、ビクタムがニヤニヤしながら話しかけてきた。


「遠征だと、食料・物資を運ぶだけでも一苦労ですもんね」

「ああ。運ぶのはもちろんなんだが、腐るもんは持っていけねえから、食事が干し肉と乾パンばっかなのがキツイんだよ」


そうか。マジックバッグがあったとしても、長期遠征では生ものはダメになってしまう。

「果物とか、あったかいシチューとかあったら、最高なんだけどな」

ビクタムは頭の後ろで手を組んで、「はあ」と息を漏らした。




入館証を受け取った後、アネストとの商談もつつがなく終えて、私は帰路に着いた。


終始、アネスト一行の大荷物とビクタムの言葉が脳裏に張り付いて、離れなかった。

高価な武器、大荷物、長期遠征、食料問題、と順に頭の中をぐるぐるする。



家に帰ると、私は机に向かっていた。

頭のもやもやを晴らそうと、紙にメモを書き進めた。

何度も書き足し、何度も線で消すうちに、1枚の計画書の形が見え始めた。


「……できた」


ペンを置いた指先が、かすかに震えていた。

顔を上げると、窓の外は明るみ始めていた。




最後までお読みいただきありがとうございます!

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