第10話 防臭倉庫と代償
倉庫から、コアの置かれた部屋に戻ってきた。
アゼッタは自分の仕事に戻って行った。
台座の上には紫に光るコアが浮かび、その周りに倉庫の縮尺模型が展開されていた。
「じゃあ、今から臨時倉庫を作ります!」
チアリーはそう宣言すると、紙とペンを取り出した。
「その前に、レジー。どんな倉庫にしますか?」
「えっ、私が決められるんですか?」
「はい! “魔法で形にする”のが私の仕事で、“どんな倉庫がいいか”はレジーさんの仕事です!」
なるほどと頷きつつ、私は顎を指で触れた。
臭いの元になる荷物を隔離しつつ、既存の倉庫とも連携させないといけない。
「ゲートからは遠ざけたいですね。けど、すぐに荷物も取り出せないといけないから……今の倉庫の、斜め下。この辺りに独立した階層を作れますか?」
縮尺模型を指差しながら、私は理想の動線を頭に描く。
「入口から離れていて、なおかつ、今の動線にも干渉しない。ここなら間違いないと思います!」
「了解です!」
チアリーは台座の上に紙を広げると、黙々と何かの計算を始めた。
私は息を呑んで、その様子を見守った。
紙の上を、ペン先が迷いなく走っていく。
時折、小さく呟かれる専門用語は、1つも理解できなかった。
しばらくして、「ふー」とチアリーは顔をあげた。
「何をしていたんですか?」
「あ、倉庫の座標情報とか、空間の歪みの調整とかを、魔法陣に組み込むための計算をしていました!」
改めて紙を眺めてみると、紙一面が文字と数字で埋め尽くされていた。
魔法の心得のない私には、どこからどこまでが1つの式なのかすら分からない。
「そしたら、次に魔法陣を書きます!」
チアリーは新しい紙に、大きく円を描いた。
緻密に文字と図形を配置し、みるみるうちに魔法陣が完成していく。
ゆっくりながらも迷いのない筆運びから、目が離せなかった。
「できました!」
チアリーが得意げに顔を上げた。
「おお!お疲れさま! これであの臭いも――」
「あ……」
「え?」
チアリーは苦笑いを浮かべ、視線をさまよわせた。
「えっとですね。臭いの隔離を、計算に入れ忘れてました!」
「いや、一番大事なところじゃないですか!」
「魔法陣を描いてたら、つい楽しくなっちゃって〜……あはは」
「一番上に『臭い対策』って赤字で書いておきましょうか!?」
「うぅ……」
チアリーは瞳を潤ませながら、すぐに別の紙に取り掛かった。
ほどなく、一枚の美しい魔法陣が完成した。
手で描いたとは思えないほど、几帳面に図形が並んでいた。
「すごい……本当に綺麗な魔法陣です」
チアリーは「ふふん」と鼻を鳴らして、紙を掲げた。
「じゃあ、いきますよ!」
コアに紙をかざすと、魔法陣が青く灯った。
コアが共鳴するように光ると、縮尺模型上で、マジックバッグ倉庫の斜め下あたりに、小さな階層がひとつ現れた。
数体のゴーレムの運用を見直し、新設の防臭倉庫に魔物の死体入りの箱を流した。
「よかった〜精霊さんたち、戻って来てくれました!」
「はい! やっと普通に呼吸できますね」
マジックバッグ倉庫はいつもの流れを完全に取り戻していた。
ゲートから入ってきた荷物に、精霊が刻印石を使って魔力ラベルを付与し、それをゴーレムが所定の棚に運ぶ。
チアリーと一緒に防臭倉庫の前まで移動すると、全く腐臭は感じられなかった。
「よし! ちゃんと機能してます!」
チアリーはグッと手を握り込んだ。
ちょうどその時、1体のゴーレムが防臭倉庫内に入って行った。
すぐに、ゴーレムは魔物の死体を抱えて帰って来た。
ゴーレムが通り過ぎた後には、ねっとりとした空気が取り残された。
「うえぇ……」
「これは……防臭の結界がよく効いている証拠ですね」
お互いの歪んだ顔を見合わせて、ふっと笑い合った。
ひと仕事終え、コアの部屋に戻ってきた。
コアを見ると、その光は強くなったり弱くなったりを繰り返していた。
「あれ? 光り方がいつもと違いますね」
「あ〜やっぱり、けっこう魔力の消費量多くなってます」
防臭倉庫の新設により、魔力負荷がさらに高まっていたらしい。
「防臭倉庫の長期的な運用は厳しそうですね」
「はい……もうちょっと効率的な魔法を組めればいいんですけど」
チアリーは目を伏せた。
臭い問題は無事に解決できたが、今回も“特例対応”で乗り切ることとなってしまった。
無理やり辻褄を合わせる対応を続けれいれば、そのうち、負担は見えない借金のように膨れ上がっていく。
私は、不安定に瞬くコアの光から目を背けられなかった。
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