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演劇部

「ユウさん、なぜここに……」

「いやー、初日から有名人になってしまったのでこの場に逃げてきました。そんなことより、演劇部に入る気になりましたか?」


 ヒトシは竹刀代二千円を財布から取り出し、重箱の上に置いた。加えてユウの質問に頭を横に振って答える。


「そうですか……。なら、これでどうです」


 ユウは二千円をポケットに突っ込んだあと、重箱を開ける。するとキラリと光る大判小判が現れた。お金で釣ろうというのだろうか。だとしても、ヒトシは首を横に振る。


「残念ですー」


 ユウは大判小判を食べ始める。どうやら、チョコレートの板に金箔が貼られていただけのお菓子らしい。それでも高級品に違いない。

 入学初日から目立っていた一年生が二年生の教室の中にいる状況が新学期始まって二日目から見られるなんて、クラスメイトは誰も思っていなかった模様。対して騒ぎたてるものはおらず、それぞれの昼休みが流れている。


 ヒトシとユウも昼食を終えた。昼休みの時間は残り一五分ほど。ヒトシはいつもなら小テストの勉強を軽くしているところだが、今日はそういう訳にもいかなそうだった。


「さて、ヒトシ先輩。可愛い可愛い後輩からのお願いを聞く気はありませんか?」

「出来る限り聞いてあげたいところだけれど、僕にも拒否権があるからね」

「じゃあ、体育館に行きましょう! 今すぐ!」


 ユウはヒトシの手を握り、夏休み初日の小学生よりも元気に教室から駆け出した。ユウの腕力に引っ張られ、ヒトシはこけそうになりながらも体育館までついていく。

 昼休み中、解放されている広い体育館に到着すると。すでに陽キャと呼ばれる元気な人達で埋め尽くされていた。バスケットボールやバレーボールを使い、昼休みに運動している若い生徒達の姿はいかにも青春を感じさせる。

 その中にヒトシが混じれば、バスケットゴールをぶっ壊すダンクシュートを放ち、バレーボールが破裂するサーブが飛ぶ。誇張でもなんでもなく、ヒトシが本気を出せば出来てしまう。


「えっと、僕、球技は試合を崩壊させちゃうから、苦手なんだけど」

「別に運動しに来たわけじゃありませんよ。昨日、部活動紹介で演劇部が昼休みに体育館のステージで練習しているって言っていたので、一緒に見に来てもらおうと思いまして。一人で行くのはそれなりに勇気がいるので」

「まあ、見るだけならいいけれど、入る気はないからね」

「やった~! もう、ヒトシ先輩大好き~!」


 ユウはヒトシの腰に手を回し抱き着いた。あまりにも自然で、やり慣れている。


「あまり、そう言うことは出会って二日目の人に言わないと思うけれど」

「キラキラ・キララは出会った人皆に大好き! と言うそうです! 可愛い女の子から大好きと言ってもらえて喜ばない人はいないそうですよ! ヒトシ先輩、大好きです!」


 ユウは握り拳を作り、口もとに持って行ってぶりっ子のポーズを作る。彼女は己の可愛さを十分理解しているらしい。


「はは……、そうかもね……」


 ヒトシは苦い顔のまま頬を掻く。体育館に入る前にうち履きを脱ぎ、靴下のままユウと共にステージ側に移動する。


 半そで半ズボンの体操服を身に着けた男女数名がステージ上で声を張り上げていた。体育館の中に響くほどなので、かなり声量が大きい。声は大きいが人数は片手の指に満たない。

 台本を持ちながら演技らしき言葉を放っている。時代劇のような言い回しで、主人公の周りに適役が現れると、戦闘の場面が繰り広げられた……が、本物の殺し合いに程遠い。これなら、今朝ユウと戦いあったあの場面の方がもっと臨場感あふれていたと、素直に思う。

 だが、ヒトシは演技の素人。もしかすると、演劇部がわざとそのような演技をしているのかもしれないので、空気をしっかりと呼んで何も言わない。


「うーん、なんでそんなに演技が下手なんですか? ちゃんと練習しています? もっと役の気持ちになって考えないとっ!」


 ヒトシはしっかりと空気を読んだが、ユウは空気なんて気にしなかったらしい。ステージをバンバンと掌で叩いて、自分の意見をはっきりと口に出していた。


「えっと、君は誰かな……?」


 主役だった女性が、膝に手を置きながらユウに視線を向けた。演技が下手と言われてイラついているように見える。


「なんか、こぢんまりしていました。体をもっと大きく動かして、臨場感を溢れさせないと観客は驚きませんよ!」


 ユウは大きな声を出しながら、自分も主役と同じ動きをやって見せていた。

 彼女の言い分もわかると思いながらも、いきなり駄目だしする図太い精神は見習うのを躊躇するほどに強固だった。会話のキャッチボールくらい出来るはずなのに、自分の名前すら言わず、ただただ演技の感想だけを未だに口から垂れ流している。

 ヒトシはユウの減らず口を手で押さえ、口を開く。


「この子、演劇部に入りたいそうです。面倒見てあげてください。僕はこれで失礼します」


 重い空気から早く解放されたかったため、ヒトシはユウをその場に残して忍者のごとき抜き足差し足で逃げる。

 その途中、バスケットボールが顔に当たりそうになっていた少女を助け、男子が適当に打った勢いのあるバレーボールが当たりそうになっていた女子の前でサーブを受け止める。無意識に人助けに動いているため、無意識にその場を離れる。ふとした瞬間に、危なかったなと思い返す。そんな日々がヒトシの日常。


 目を凝らせば、至る所で多くの人が危機に陥っている。階段から落ちそうな人、ぶつかりそうな人、物を落としそうな人。小さな危機だが、救える状況なら救う。いや、大概すでに救っている。もう、詐欺師の手癖の悪いスリのように、人助けが無意識になっていた。

 人助けは悪いことじゃない。むしろいいことだ。だが、赤の他人に些細なことで助けられても細部まで覚えている人は少ない。なにが言いたいかと言うと、人助けされる側はありがたいかもしれないが、人助けする側にとってメリットがゼロ。

 良いことしたところで特に意味はない。そう思っている人間が多いとマキオは言っていた。

 ヒトシは思う、自己満足でいいじゃないかと。


「マキオ、僕の趣味がわかった。人助けだ」


 教室に戻って来たヒトシは昼休み終了一分前におにぎりを食しているマキオに言う。


「剥げた最強のヒーローみたいでカッコいいー、とはならんな。趣味が人助けって。まあ、趣味は人それぞれだから、別にいいか。じゃあ、ヒトシ、俺を救ってくれ」

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