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異世界の村人、日本に転生。でも、なにすればいいの?  作者: コヨコヨ


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最終回

 ヒトシは何も言わず、マオに判断をゆだねていた。この選択は、マオが後悔しないために、自分で決めるべきだと思ったから。


 マオは判断をゆだねられ、じっくり考え込む。周りに迷惑を掛けたくない。真面に生活するためにはミチコの話はまたとないチャンス。

 ヒトシの言葉を思い返した。『幸せは皆で分け合えばいい。不運は皆で受け持てばいい』と、あまりに無責任だ。

 自分が周りに幸せを与えられると思えない。不運ばかりを振りまいてしまう。だが、タナカが言ったように周りの不運を自分が集めてしまう体質なら、うまく循環できるのではないかと良いように考える。

 ずっと世話になるわけにはいかない。せめて高校の間、なんなら二年生の間だけ。誰にも甘えられなかったマオはほんの少しだけ、爪を隠す。


「う、うぅ……、よろしくお願いします……」


 マオが頭を深々と下げると紅茶の中にガムシロップではなく塩味が強めな涙が入る。一滴入っただけで波紋が広がり、水面に映っていた顏がゆがむ。

 散々泣いたのに、まだ泣きたらないのかと嫌になるも、マオが泣くのをとがめる者は誰もおらず、ヒトシがマオの背中を、ミチコがマオの頭を撫でた。


 その後、帰ってきたトワにマオが居候すると知らせると、顎が外れたような大口を開ける。

 ヒトシとのデート気分が味わえていたひそかな楽しみの夕食に、外国系巨乳美女が混ざるとなれば、明らかに一大事であり、不運以外の何でもない。

 だが、ミチコからマオの境遇を聞かされた後、マオの胸に顔を埋め、涙を流しながら抱き着くほどに懐く。


 ヒトシの父・拓郎(タクロウ)はミチコからすでに話を聞かされていたので、何ら驚いている様子はなかった。

 ミチコ一筋二五年。ミチコ以外の女子(キララとトワを除く)に一切の興味がないため、巨乳の若い女子が家の中にいようとも、心が一切乱されていない。

 重いやりは人一倍あり、月々一万円すらいらないのではないかとミチコに提案したが、試練が簡単過ぎたらつまらないとのとこで、却下されていた。

 マオから受け取る金額は大切に保管し、彼女が出ていくときに一括で返そうとひそかに計画している。


「マオお姉ちゃん、今日は一緒にお風呂に入ろうっ! 良いでしょ!」

「う、うん。良いよ……」


 マオは妹のような存在が出来て、また泣きそうになっていた。

 村坂家の者といるだけで、小さな幸せが心の中に沁み渡ってくる。慣れたら駄目だと思い、猫柄の日記帳に感謝の気持ちと小さな幸せのありがたみを書き記す。


 マオの荷物やベッドなど、引っ越し業者が必要ないほど容易く二階の部屋に移動させられた。猫グッズ満載の模様は変わらずトワがキャーキャー叫び回るほど、可愛いらしい。

 ヒトシに猫の可愛さはよくわからないが、両者が笑顔で幸せそうなら何の文句もない。


 引っ越しも終わり、マオの新たな生活とヒトシの退院を祝って夕食は焼き肉の食べ放題に行く。

 案の定、マオは涙を流し、お腹がはち切れんばかりに肉を食べた。もちろん、小さな不運は沢山あったが、どれもこれも、ヒトシに破廉恥な不運が降り注ぐばかり。

 床で滑ってスカートが捲れたり、ヒトシの右手が胸を鷲づかんだり、着替え中の脱衣所にヒトシが誤って入ってきたり……。だが、その程度で済んでいる。


 夜中だというのに、外の明りが強すぎて月しか見えないベランダにヒトシとマオは立っていた。

 明日からまた学校。学校で、同じ家に住むことになったと知り合いに言う訳にもいかず……、担任のヨシダにのみ伝えると決めた。


 マオはヒトシの左腕が治るまで世話させてほしいと伝えるため、ベランダに出ている。


「別に気にしなくても良いのに」

「私の気が済まない。利き手がないと不便だろ。ほら、男は色々と……鬱憤とか溜まるだろ」


 マオが何を考えているのか一切理解できないヒトシは首をかしげる。そこはかとなく器用なため、右手でも鉛筆や箸は使える。イライラすることが大してないので、やはり、マオの申し出を断る。


「はあ……、お前は仏か、聖職者か、男子高校生なら多少は女に興味とかないのかよ」

「んー、特に。あぁ、別に男が好きという訳じゃないよ。なんて言うんだろう、みんな、助ける対象に見えちゃうんだよね。でも、キラキラ・キララは好きだよ」

「お、お前、ああいうのがタイプなのか。じゃあ、ユウがタイプってことに……」

「好きって言っても、尊敬している感じかな。マオさんはどういう人が好み?」

「な、なんでお前に言わなきゃいけねえんだよ、バカっ! 絶対言わない!」

「言わないってことは一応好みな人がいるんだ。マオさんの好きなタイプ、気になるなー」

「うるさいうるさいっ!」


 マオはヒトシの顔をまともに見ず、両手を振ってヒトシを遠ざける。

 ヒトシは角に逃げる猫を追い詰めたような不適な笑みを浮かべ、マオに迫っていた。


 一週間前までなかった夢や希望、仲間の存在が、ヒトシ、マオ共に大きく変わっていた。幸か不幸か、どちらも死なずに生きている。死が不幸ならば、生が幸せなのか。服役中のタナカのように死が幸せで生が不幸なのか。


 人生全て自己責任。そう言ってしまえば力を合わせるのもバカばかしい。

 人の力は知れていて、幸せや不幸はこっちが予期せぬ時に突然やってくる。善人だとしても驚くほどあっけなく死に、悪人だとしても一〇○歳以上まで生きる人もいる。

 世界は誰もが世知辛いように出来ていて、努力や奇跡、才能をあざ笑うかのように時はあっという間に過ぎていく。青春など隙間風のように気づいたら終わっている。


「マオさん、好きな人が出来たら間を持ってあげるから、遠慮なく言って」

「……バカ、だから、言わねえって」


 マオは微笑んでいるヒトシの顔を一瞬見ただけで、心臓がはち切れそうに高鳴っていた。これから、この男と生活していかなければいけないのかと思うと、常に冷静な判断ができるか自信がない。

 こんな辛い気持ちになるなら、こんな気持ち、知らなければ良かったと胸を押さえながら心の内で叫ぶ。


 ――ヒトシが……好きだ。好きだああああああああああああああああああああああっ!


 はたして、恋することは幸か不幸か。

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