優しい人
「なんか、近くで爆発が起こってたらしいよ」
「えー、まじ? 花火でも暴発したんじゃね?」
「いや、結構、エグイ爆発だったっぽい。まあ、だからなんだって感じだけど」
「確かにー。うちらに全く関係ないし、他人が怪我したとか、まじどうでもいい。それよりか、キララのライブ、超楽しみなんですけど~!」
「まじそれな~! うちら、キララのライブチケット当たるとか、超運がいいよね!」
危機感がまるでない人々が何食わぬ顔で日常を送っている状況に、ヒトシもさすがに引いた。
たった数キロメートル離れた場所で爆発事件が起こっているのに、ここまで危機感を持たない人たちがいるのかと疑った。
だが、周りの人を見るに、そう言う人が大半を占めているのだろう。東日本大震災で大地震があった後に津波を警戒せず、家の中で過ごしていて飲み込まれて行った人たちのようだと思った。
情報伝達技術が発達している世の中で、様々な情報が手に入る。だが、人々の危機感を伝える難しさを改めて知った。
大雨の時や小さな地震があった時、ニュース番組がやけに大げさに情報を発信するが、危機的状況になってからでは遅いからだ。
そのニュース番組を見て、避難した人が「大地震が起こらなかったじゃないか」と苦情を入れる。
いかにも、小さなことで逃げた自分がばかばかしいじゃないかとでも言いたいように。
信じていたニュース番組を信じなくなり、ちょっとした地震が起こっても避難しなくなる。結果、大地震に見舞われて死亡。本末転倒だ。
「みんな、他人に任せすぎなんだよ。自己判断が求められている時代なのに……。まあ、洗濯機、テレビ、携帯電話、これだけ便利な道具があったら頼りたくなるか。だって、自分よりはるかに高性能だし、機械はほとんど裏切らない」
ヒトシは便利の中の不便利な世の中を危機的状況で察する。
昔は他人に頼るような場面はほぼなかった。全て自分で行動し自分でどうにかするしかなかった。
だが、日本に生まれ育ち、意思が出来る前から教育を受け先生の話をしっかりと聞きなさいと言われ、誰かの指示を聞いていればいいんだというマインドになっている節が確かにあった。
だからこそ、犯罪率が少なく、識字率も高い。なんて、凄い人達の世界なんだと舞い上がっていた時期もあったが歳を重ねるにつれ感じた、誰も彼も同じで個性がない。
コピーかと思うほどに一緒。
流行という現象も、理解に苦しんだ。なぜ、同じ品が欲しくなるのか。なぜ、同じファッションになるのか。なぜ、同じ食べ物を食べて、音楽を聴いて、映画を見るのか。
流行と縁がないヒトシに理解できない領域だった。
たまたま、誰にも教えられずキララに興味が湧き、キララを見て自分の中ですごく良いなと感じた。
いったい、周りに自分と同じようにキララを好きになった人間が何人いるだろうか。
ほとんどの人が周りの影響なんじゃなかろうか。つまり、日本人は周りの人の影響を極度に受けやすい集団だとわかる。
大勢の人がやばいと思いだしてやっと、自分たちもやばいと自覚する特性じょう、日本国民全員が恐怖を感じないと犯罪者がいう平和ボケは治らないだろう。必ずしも直さなければいけないというわけではないが、自分の考えを持ち行動できる人間が少なくなっているのは確かだ。
ヒトシは自転車をこぎ続けて六分、国会議事堂に到着。交通制限の影響か車がほとんど通っていない。
だが、国会議事堂の正面近くにある山王坂という道路に一台の大型トラックが走ってきているのを発見した。自転車に乗ったまま左車線の中央に停車。
「間に合った……」
だが、東京を爆破させるほど犯罪に躊躇がない。そうなると、ヒトシもろとも轢き殺される可能性もゼロじゃない。案の定、大型トラックは速度を落とさず、クラクションも鳴らさず、突っ込んでくる。
「止まってください! あなたはやるべきことを間違えている!」
ヒトシは手を広げて止めようとするが、大型トラックは止まらない。フロントガラスから見えるのは一名。コンビニの店長、タナカだった。
タナカは目の前にいるのがヒトシだとわかっている。
マオが気になっている未来ある若者。このまま、突っ込めばヒトシの命はない。だが、ここで止まるほどタナカの決意は浅くなかった。
なんなら、テロによって多く死んだ若者が苦しんで、目の前にいるヒトシが苦しんでいない状況にいら立ちを覚え始める。
「皆にも青春があった……。何もかもぶち壊され、未来を奪われた……」
ヒトシを前にタナカはアクセルを緩めない。逆にアクセルを勢いよく踏みしめ、躊躇なく轢き殺そうとする。このまま突っ走り、国会議事堂の裏側から同士によって軽く切断された柵に突っ込み、己ごと爆散する。
爆破スイッチを押せば、トラックに積み込まれたプロパンガスボンベ近くに置かれたプラスチック爆弾が破裂し、連鎖的な大爆発を起こす算段を取っていた。
同じ公衆電話から何度も電話がかかってきておりマオの仕業だとわかる。目の前のヒトシがマオから話を聞いたのだとしたら、一〇分も経たずに自転車で移動できる場所にいのだと考察する。
いや、それ以前に近くにいる可能性も……。万が一、国会議事堂内の公衆電話から電話をかけていたら……。そのような思考がタナカの頭の中で巡った。
着信履歴に残る公衆電話の電話番号から場所を特定するにも、車を運転しながら携帯電話を操作するのが難しいのに加え、もう、国会議事堂まで目と鼻の先。突っ込んでから調べたのでは意味が無い。
「くっ……」
タナカはマオにだけは危害を加えたくなかった。爆破する位置も、マオが普段絶対に行かないであろう場所を選んだつもりだ。
午前中に部活があると知っていたため、午後も学校で練習しているだろうと踏んでいた。
今、マオは恐らく学校にいるはず。だが、彼女が何らかの理由で国会議事堂近くに来ている可能性はゼロパーセントではない。
マオが通う学校から国会議事堂まで自転車で一〇分以内に到底付ける距離ではないのだ。そのため、学校にいない可能性の方が高い。そう判断したタナカはトラックのブレーキを踏み込み、ハンドルを右側に回してヒトシを交わしながら止まる。
ヒトシはトラックが迫ってきても躱すつもりはなかった。数日しかあっていない。何なら、一言、二言程度しか話した覚えがないというのに、タナカは優しい人だと直感していた。
それでもここまでする信念の強い人。突っ込んでくると予想していたが、結果は停止に加え自分に当たらないよう躱してくれた。
ヒトシは自転車から降り、右側のドアにへばりついた。そのまま、携帯電話を弄っているタナカに向ってトラックのドアガラス越しから叫ぶ。




