マオを発見
「知り合いに牧田さんの姿を見なかったか携帯電話で聞いてみる」
「そうですね。文明の利器は少しでも活用しないともったいないです」
ヒトシとユウは携帯電話を手に取り、知り合いにマオの目撃情報がないかSNSを通じて聴いた。
ヒトシは機械音痴だが、ラインくらいは使える。登録されている人数は決して多くないが、ただがむしゃらに探すより有意義なはずだ。
「丁度渋谷にいるから、昨日マオちゃんと話していた一〇分で二〇〇円のネコカフェを見てくる。マオちゃん、猫につられそうだし」
モモカは携帯電話を手に持ち、いち早く駆けだした。
「じゃあ、私は知り合いから情報が来るまでマオ先輩の家に行ってみます。もしかしたら家にいるからもしれないので」
ユウはマオの家を知っている様子だった。どうやって知ったのか定かではないが、家を潰しておくのは理にかなっている。
「僕も情報が来るまで片っ端から走って探すよ。牧田さんは貧乏性だから、高級店に入るわけない。何だかんだ言って、走るのが好きそうだし、ランニングしているかもしれない」
ヒトシはあり余る体力を使い、人が多い東京の中を駆けまわる。
黒い長髪、褐色肌、青い瞳、美人、ボンキュボン、この条件に当てはまる女性は中々いないはずだ。
ただ、東京は外人の観光客が多い。でも、マオは独特な強者の雰囲気を放っている。魔王様と言われるだけの冷徹な雰囲気を外国人は孕んでいない。どことなく陽気な方達ばかりだ。そのため、ヒトシは見かけよりも雰囲気を重視してマオを探した。
大都会東京の人口は一五〇〇万人ほど。その中から一人を見つけるなどほぼ不可能に近い。だが、会えないと一切思っていなかった。高校二年になってマオと急接近してからというもの、普段は入らないコンビニで彼女が働いていると知ったり、ランニング中に出くわしたり、一緒に部活することになったり、少々卑猥なハプニングも……、何かしら彼女と縁がある。
出会ったのは何かわけがある。そう、感じずにはいられなかった。
人助けしながらマオの特徴を聞いて回っていると、昼からマオを探し始めて二時間ほど経っていた。
携帯電話が震える。誰かがメッセージを送ってくれたらしい。
携帯電話を手に取り、内容を確認してみるとマキオの妹のメイからの連絡だった。
『一時間半くらい前、安い散髪屋さんで髪を切ってもらっていたらヒトシさんが探している人の特徴と全く同じ人がいました』
メイが教えてくれた散髪屋さんは目黒区にあった。一時間半前だともう、移動している。ユウがマオの家に行ったが、いなかったという連絡も入っている。
『一時間前、銀座の銭湯に行ったら、ヒトシが探している人と同じ人がいたぞ。なんか、風呂上りなのに冷徹な雰囲気があった』
メイの次に連絡をくれたのはヒトシと同い年で剣道を習っているコウスケだった。日課の銭湯が通い中に見つけたらしい。
東京の中はほぼ電車で移動できるので、移動速度が速い。一時間前なのでもう、別の場所に居るはずだ。
『下北沢でワンピースを着たマオ先輩似の人を発見。尾行中』
ユウからのメッセージが入った。やはり、自分で運がいいと豪語するだけある。マオは目黒区から銀座に移動し、戻るように下北沢に移動していたと思われる。何のために移動しているのか見当がつかないが、お金を出来るだけ使わないようにしていると言うのだけはわかる。
ヒトシは渋谷駅から下北沢駅まで全力で走って五分程度で移動した。人間の速度ではない。
ユウから居場所を電話で聞き、合流を果たす。建物を背に、マオだと思われる者の後ろ姿を見ると雰囲気が彼女その者だった。
冷徹なのに、どこか寂しそうな後ろ姿。買ったばかりの服なのか首根っこに値札が付いているのに気づいていないドジな所、むっちりとしたお尻と綺麗な脚、体幹がしっかりしている歩き方、全てマオに通ずる。
「牧田さんがあんな女の子っぽい服装を着るなんて、いったい何があったんだ」
「なんか、いつもより女子力高めですよね……」
ヒトシとユウは建物の陰からマオの背中をじっと見つめていた。
「あぁ、二人共、わかっていないな。マオちゃんは誰かに恋しているんだよ。じゃなきゃ、こんな時にあんなお洒落しないよ~」
「「恋……」」
ヒトシとユウは苦笑いしながら、マオの後ろ姿を再度見つめる。恋しているにしては背中から発せられる雰囲気が明るくない。足取りも重い。息遣いも浅い。
ヒトシは恋という感情がよくわからないため、マオの雰囲気が恋しているかしていないかわからなかったが、ユウはマオの体から得られる情報を総括し、恋ではないと察した。
「恋していたら、足取りがもっと軽くなりますし、全身から楽しいという感情があふれ出ます。でも、彼女を見てください、もう葬式に行くような雰囲気ですよ」
「…………確かに」
モモカでもわかるほど、マオから負の感情が発せられている。三名とも、ただ事ではないと察する。
何か目的があって歩いているわけでもなさそうで、ぶらぶらと散歩しているように見えた。だが、見ているだけでは何も解決しない。そう思ったヒトシは隠れるのを辞める。
「牧田さんだよね」
「……ムラヒト。はぁ、なんで会うんだよ。もう、私に拘わるなって言っただろ」
マオはヒトシに呼ばれ、振り返ると額に汗を浮かばせ、白のカッターシャツと黒いズボン姿のヒトシがいる。走って来たのだとすぐにわかる見かけだった。
足取りが重く、走って逃げる気力もない。動きにくいワンピースを着たのが間違いだったかもしれないと、今さら考えても遅かった。
「さっき職員室で牧田さんのお母さんが吉田先生と話しているところを偶然聞きいたんだ。牧田さん、学校を辞める気があるの?」
「……お前には関係ないだろ」
マオはヒトシに背を向け、息を止めるように歯を食いしばる。何かを我慢しているかのような口調だった。
「ヒトシ先輩は関係ないかもしれませんけど、私にとっては関係大ありです! 真央先輩以上の魔王候補はいないんですよ! いきなり抜けられても困ります!」
ユウも建物の影から出てきて、マオに大声で話しかけた。
「演劇の話なんて、私にはもう関係ない。勝手に巻き込まれて迷惑なんだよ……」
マオはヒトシとユウに完全に背を向ける。息を殺し、必死に穴に隠れようとする兎のような弱々しさ。尻尾巻いて逃げる小動物の動き。だが、内に秘められた思いはおそらく、誰よりも大きい。




