戦う仲間
「な……、そりゃ、怖いな。とりあえず、落とし物で処理する」
ジロウはマオに書類を書かせる。三百万の大金をマオの家の投入口に落としたバカが、三百万が盗まれた、返せと悪態をつけた場合、ジロウが対応してくれると約束までした。
「三カ月以内に持ち主が現れなければ、牧田さんが受け取れる権利が得られる」
そんな話をジロウから聞いたマオは身をびくつかせる。さすがに現れるだろう。そう心で思い、期待を身からふるい落とす。
不運体質の自分が大金を得られる訳がない。新手の犯罪に巻き込まれている可能性を危惧して警察に差し出したのだ。
「何かあったら、俺に連絡して」
ジロウはマオに携帯電話の連絡先を手渡した。
マオは連絡先を受け取った後、警察署を離れる。歩道を歩いていると大型トラックが真横を通る。ふと視線を見上げるとタナカがトラックを運転しているように見えた。
タナカが車ではなく原付で移動していると知っている。大型トラックの免許など持っていたのだろうか。一年ほど一緒に働いていたが特に会話する仲でもなかったので知らないことの方が多い。
「どこに行くんだろう……。知り合いと会うんじゃなかったの?」
疑問に思ったがマオは深く気にせず、母に言われた通、身なりを多少整えておく必要があると考え、千円で髪を切ってくれる散髪屋に行き、乱れた髪を少し直してもらう。
その後、銭湯で体を綺麗にした。下北沢周辺の古着屋で安くて見栄えが良さそうなワンピースを買う。
高校に払う予定だったお金を使っている罪悪感はあれど、どうせ行けなくなる。そう思うと日ごろの鬱憤を晴らすようにお金を使いたくなったが、ヒトシから貰った五千円分の食糧がまだあるのにと脳裏によぎる。
必要最低限の出費だけで押さえ、女子高生最後の休日をワンピース姿で過ごす。一年生の思い出は特に無い。なんなら、二年生になって一週間の出来事の方が心に残っている。記憶の中にいるのはいつだってヒトシ。憎たらしいほどの善人で、マオの性格の悪さが浮き出るほどわかってしまう男。
「……学校、もうちょっと通いたかったな」
ヒトシから貰った弁当とおにぎりの味が今でも舌と心に沁みついている。コンビニ弁当や百円のおにぎりと全く違う優しさの味がした。初めて食べる味で、無性に泣けてしまったのを覚えている。もう一度、いや、何度でも食べたいと思えるほど美味しかった。
☆☆☆☆
マオが泣きながら去っていく後ろ姿を見ていたヒトシは声を掛けたくてもかけられなかった。腕の中にある軽くなった保冷バック。料理を残さず食べてもらえるというのは、作り手に取ってこれほど気持ちがいい状況はない。
「ヒトシ先輩、古着屋の多い下北沢に行って古着の中に良い衣装がないか調べに行きましょう。なければ、布を買って自作しましょう!」
ユウはぐすんぐすんと泣いているモモカの背中をさすりながらヒトシのもとに歩いてきた。
「……二人共、さっき職員室に牧田さんのお母さんが来ていたんだ。吉田先生と話し合っていて聞いてしまったんだけど牧田さんが学校を退学してしまうかもしれない」
「「えっ!」」
ユウとモモカはヒトシの話を聞き、耳を疑っていた。だが、ヒトシが嘘や冗談を言うような寒い男ではないと知っているため、すぐに信じる。
「じゃあ、マオちゃんも退学するって知っていたのかな」
「でも、そんな簡単に退学できませんよ。書類とか色々書かないと。そもそも、なんで退学する必要があるのかもわかりません……」
「牧田さんの母親曰く、どうせろくな人間にならないだろうからって」
「「はぁあああっ⁉」」
ユウとモモカは全く同じ反応。声を我慢できなかったようだ。ヒトシも両者と全く同じ感想だったので一安心。一緒に戦える仲間が出来たような感覚だった。
「僕は牧田さんがろくな人間にならないなんて思えない。誰よりも立派に生きているよ」
ヒトシの発言にユウとモモカは大きく頷き、両者もヒトシの気持ちに共感した様子。
「牧田さんのお母さんに牧田さんを退学させないで貰えないか頼み込もうと思う」
「でも、その前にマオちゃんの気持ちを知らなきゃ」
「そうですね。マオ先輩のお母さんがでたらめを言っているだけの可能性もありますが、マオ先輩が何かしらの理由で辞めたいと考えている可能性もゼロじゃありません。まあ、さっきの様子から見て、学校を辞めたいと思っているように見えませんでしたが」
「じゃあ、牧田さんに一度聞いたほうがいいよね。携帯電話で……、って、牧田さん、携帯電話を持っていないだった」
ヒトシは携帯電話の液晶画面に指先を当ててから気づいた。
「マオちゃんはどこに向かったんだろう……」
「昨日聞いたら、昼からアルバイトに行くって言っていた。アルバイト先は知っているから、そこに行ってみよう」
ヒトシの提案にユウとモモカは大きく頷く。一般人からしたら結構距離がある。いつもなら、走って移動するヒトシだが、ユウとモモカがいるため電車で渋谷まで移動。
渋谷駅を出てからマオがアルバイトしているコンビニに走っていく。誰にも言うなと言われていたが、破ってしまった。怒られても仕方がない。
だが、嫌われている自分が説得するよりも、比較的好かれているモモカや同じ女子のユウの方が説得できる可能性があると考えていた。
ビルが立ち並ぶ中、路地に進みマオが働いているコンビニに到着。だが、マオの姿はなく、コンビニは臨時休業だった。
「休み。なんで……」
「臨時休業って張り紙がありますし、何かあったんでしょうね。でも、これでマオ先輩がどこにいるかわからなくなってしまいました。ランニングしているのか、はたまた家でゆっくりしているのか……」
ユウは顎に手を置き、何かを考えている様子だった。ヒトシも同じように考え込み、マオが何しているか推測する。だが、アルバイトと部活に精を出していたマオが両方できなくなった時、何をするのか想像できなかった。走り回って調べるには東京に人が多すぎる。




