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異世界の村人、日本に転生。でも、なにすればいいの?  作者: コヨコヨ


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八つ当たり

 まだ、大分若そうな女性がマオと同姓だった。名前まで叫んでいたので間違いなく彼女の母親だとヒトシは知る。

 校長は不在だと二年八組担任の吉田(ヨシダ)はマオの母親を説得しようと試みている。


 マオの母親はマオとスタイルが似ている日系人。ボンキュボンのグラマーなボディーがケバケバシイドレスと高級バックによって銀座で優雅に歩いていそうな雰囲気を放っている。

 実際に放っているのは罵声とたばこ臭、アルコール臭、きっつい香水……。生徒が少ない土曜の職員室にケバケバシイ女性から放たれる悪臭と珈琲のにおいが混ざって視界が褪せた。解像度の悪い視界に映る風景はどこか昭和の刑事ドラマを感じさせる。


 マオが退学させられると聞いて、ヒトシの視界は灰色に近づいていった。一週間前まで見ていた、どこかつまらない風景に戻りつつある。なぜ、いきなり退学しなければいけないのか、ヒトシは牧田家の事情が何一つわからない。


 普段、空気が読めないヒトシもこの場で職員室に入っていけるほど馬鹿ではない。ただ、なぜマオが母親を嫌っているのか何となくわかった気がする。

 マオの母親と担任のヨシダは他の先生も混ざって相談室の方へと流れていった。その間、グラウンドの方にも届きそうなマオ似の罵声が滞りなく響いていた。


 ヒトシはとりあえず用具倉庫の鍵を職員室で受け取り、二階から三階に戻る。一枚のパネルを移動させただけとは思えないほどの倦怠感が体を襲い、マオが退学するかもしれないという可能性だけが脳裏を巡る。

 演劇部に戻ってくると、女子部員たちは分別作業の傍ら、ペラペラとおしゃべり中だった。男子が帰ってくるとふっと作業を開始する。何とあからさまなのだろうか……。


 ヒトシは気にせず、二枚目、三枚目のパネルを用具倉庫に移動させ、部室から演劇部に必要ない品はなくなった。

 部屋が約二倍になり、竹刀を振り回してチャンバラしても問題ないほど広がった。窓を開けながら六名で掃除し、昼頃に片づけが完璧に終わる。


「終わったー。いやぁー、大変だったね~」


 モモカは両手を広げ、ゴミ袋を持つ。彼女がした仕事は軽い道具の移動と塵取りが移動しないように押さえることくらい。その後、ゴミ袋を縛って部屋のすみに持って行った。あたかも、自分が全てやりましたと言わんばかりに……。

 自分が嫌いなことはとことんやりたくない系女子である。


「演技の練習場所は整いましたね。後は練習あるのみ。頑張って大会優勝を目指しましょう! その前に、幼稚園の生徒をわっと沸かせられるよう頑張りましょう!」


 分別仕事や掃除を三分の二こなしていたユウはモモカに文句一ついうことなく部屋が綺麗になり、やる気も倍増している様子。

 そもそも、他の女子に期待などしていないようだ。どうせ適当にするとわかっていた。自分は驚くほど良く出来る、他の者は大して使えない。一六年前からわかり切っている。

 能力が低くても得意分野で力を発揮する者は尊敬できるが、常に堕落している人間は好かない。モモカのマオを思い写真集を手作りしていなければ午前中の時間だけで評価は最低まで落ちていた。

 人間だれしも面倒な仕事はしたくない。だから、お金持ちはお金の力を使って自分がしなくてもいい仕事を他人に片付けてもらう。業者に頼めば、演劇部の部屋を綺麗にしてくれただろう。だが、それでこの部室に愛着が湧くのかと言われたら別問題。

ユウは出来る限り自分の手で物事を進めたい性格だった。


「じゃあ、ユウちゃん、マオちゃんのところに行って写真集をわたしに行こう!」

「陸上部の練習も終わったころでしょうし、丁度良いですね。汗にまみれたマオ先輩のおっぱいを揉みしだきに行きますか~」


 ユウは小さな手をにぎにぎと動かし、モモカを引かせる。両者が演劇部の教室から出ていくのをヒトシは背後から見送っていた。

 職員室で聞いたマオの退学の話。まだ、信じられていなかったがマオの母親の剣幕は相当なもので、やるといったらやりそうな人間に見えた。

 ユウとモモカに相談して状況が改善するのだろうか、そもそもマオが退学してしまうのがなぜ嫌なのか大きな理由も見つからない。

 なんせ、まだ同じクラスになって六日程度。他のクラスメイトの苗字と顔が何となく一致してきたころだ。

 特段面識があったわけでも、意気投合したわけでもない。なんなら、何度も金的して来た狂暴な相手。そんな女子が退学したところで、たいして問題じゃないはず。だと言うのに、マオがいなくなってしまうのが無性に嫌だった。


 ヒトシもユウとモモカの後を追い、生徒玄関に置かれた外用の靴を履いてグラウンドに出る。先ほどおにぎりと弁当を渡した石段に向かうと、


「こんなもん、いらねえよっ!」


 マオはモモカが差し出した手作り写真集を弾き落とした。


「なに、勝手にこんなの作ってくるんだよ。全然、ちっとも、これっぽっちも、嬉しくねえ! もう、ありがた迷惑なんだよ! ヘラヘラ笑って話しかけてくるな! 私に拘わるな! お前らなんか、大っ嫌いなんだよ!」


 耳や心に容赦なく飛んでくる言葉の攻撃が遠くにいたヒトシにも突き刺さる。目の前にいたモモカはどれほど心が抉られただろうか。彼女の黒い瞳からじんわりと透明な液体が流れ、その場にへたり込んでしまう。


「ちょっと、マオ先輩、さすがに言い過ぎですよ。なに、そんなにイライラしているんですか、八つ当たりなんて、雑魚のすることですよ」

「うるせえ、もとをたどればお前が……。ちっ……。もう、話し掛けてくるな。あと、私は演劇部にもう行かない。昨日の品は貰っていないんだ、私の勝手にさせてもらう」


 マオはボロボロの鞄を持ち、石段を上ってユウとモモカの横を走り去った。ヒトシに視線を向けると、おにぎりと弁当が入っていた保冷パックを押し返される。重さからして、料理は全て食べられていた。

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