仲良くなる方法
「ちょ、ちょっと、ユウちゃん、何しているの!」
ユウの奇行に声を上げたのは、モモカだった。さすがに相手の胸を弄るのは超絶仲が良い女子同士くらいなもの。先輩後輩に加え、まだユウが入学して来てから一週間しか経っていない。
マオの交友関係を考えると中学のころから関係を築いているわけではないと察し、止めに入った。
「ほんと、怪しからんですね。私の胸と大違いです……。どうして、こんなに育っちゃったんですか。むむむ、悔しい~!」
ユウの胸はつつましい。誰の目から見ても明らかだった。マオの胸は……、ユウの数倍はあるだろう。
ユウにまさぐられている間、唇から血を流すのではないかと思うほど食いしばっていたマオはモモカの救済のおかげで解放された。青い瞳に涙を浮かべ、身を抱きながら歩く。
ヒトシの前に来ると、コンビニのポリ袋を差し出す。
ヒトシはポリ袋を受け取り、中身を確認すると今朝、マオに着せたままだったカッパだった。水気は無く、布で拭きとってくれたのかもしれない。
「うぅ、お前のせいで、こんなことに……」
マオの視線はヒトシに注がれている。今朝の件は弁当で許しを得たはずだった。だが、また何か問題が発生したらしい。
ヒトシが恐る恐る何があったのか聞くと、部活に向っている途中にカッパを返し忘れていたと気づいて教室に戻ったらおらず、ヒトシと仲が良さそうなユウがいる演劇部に来たら彼女に捕まってしまったらしい。逃げようにも、逃げられなかったらしい。
「どうして、逃げられなかったの」
「だ、だって、食べ物と猫のグッズをくれるっていうから……」
マオは壁際に座り、小山座りしながら指先を合わせてぼそぼそ呟いていた。
彼女の貧乏精神は今朝の件で重々承知している。食べ物と猫グッズを差し出されたら断るなど不可能。それだけ、食い気と猫愛が強い。
「さて、役者もそろったことですし、演劇部の活動の一つ、ボランティアとして幼稚園で演劇を披露します。それぞれの配役は決まっているのでそれぞれ役作りしてください。まあ、最初っから完璧は無理ですから、少しずつ改善していきましょう!」
ユウはマオ用の役も決めている様子だった。まるで、初めからマオを使うつもりだったかのよう……。
「勇者と魔王の物語」
皆に手渡された配役表に書かれていた劇の題名を見たヒトシとマオは顔を引きつらせる。
小学生以下の子供たちにとって勇者と魔王は善と悪がわかりやすいから、まだいいとして、配役が問題だった。
「私は勇者役、ヒトシ先輩は村人役、マオ先輩は魔王役、モモカ先輩は魔王幹部、三年生の先輩方は多くのモブと音声、メイクなどを担当してもらいます!」
なぜ、演劇部の助っ人であるヒトシとマオが配役を貰っているのか謎だった。マオも、ヒトシと同じ表情で、考えまで同じ。
三年生がモブって……。この配役でいいのかと疑問に思った両者はほぼ同時に三年生の方を見た。
三年生はどこかほっとした表情を浮かべている。
昼頃、ユウにアイドル衣装を着せられて踊らされた経験があったからか自分たちでも問題なくこなせそうな配役で安心した様子だ。
「モモカ先輩が勇者か魔王になりたいというのなら、検討しますけど?」
「……か、幹部で良いかな」
「ちょ、待て待て、なんで今日来た私の名前がコピー用紙に打ち込まれているんだ。そもそも魔王なんて、私はやらないぞ。絶対にやらない!」
「いや、初めて会った時から、マオ先輩が魔王役をするのは決まっていましたよ。演劇の発表は六月か七月なので、まだまだ時間はありますし、その間にマオ先輩を演劇部に引き入れる算段でした。でも、やっぱり私は運が良いですね。入学してから一週間でマオ先輩が演劇部に来てくれた。私、す~っごく嬉しいです!」
ユウはマオが演劇部に来る前提で配役を考えていたようだ。なぜ、多才の彼女がここまで演劇にこだわっているのか以前聞いた。『難しいことがしたい』と言う答えを聞き、当時は理解が難しかったが今なら少しだけ理解できる。
どうして出会った瞬間から親友のような、戦友のような感覚がめばえたのかという点と繋がっている。ユウは自分と似ているのだ。多才で何でもそつなくこなせる。環境にも恵まれ、辛い感情や鬱憤、嫉妬、困難と言う壁が一切ない人生。とてつもなく楽しく生きやすい。けれど、なぜかわからないが、びっくりするほど空しい。
ヒトシは誰よりも努力し一生懸命に生きているマオを見て、そんな空しい心の隙間を彼女で埋めようと考えた。ユウはキララと言う存在に出会い、何か難しいことに挑戦して心を埋めようとしている。そんな普通の人間とは違う二人だったからこそ、シンパシーを感じ一瞬で仲良くなれてしまった。
――そうか、わかったぞ。牧田さんと仲良くなる方法……。
ヒトシはユウとの経験からマオと同じ感情を知る必要があると考えた。だが、それはとんでもなく難しい。
ユウとは奇跡に近い確率で環境が似ていたため、共感できた。マオの環境はヒトシと真逆。
朝昼晩の三食が満足に食べられないほど貧乏で、糞親というぐらい両親と仲が悪い。お腹が減る辛さや、貧乏な環境は前世で経験しているため、理解できる。
されど、親と仲が悪い点は一切理解できない。母と父を貶す言葉など浮かばず、尊敬の念が薄れた日は一度もなく、愛する者たち以外の考えが巡らない。
どうしても共感できない点は切り、共感できる点を探した方が良いという作戦にたどり着く。
部活を一生懸命頑張る、いい大学に入って良い未来につなげる、猫が好き。マオを理解し、自分のことも理解してもらうため、出来る限り合わせなければ。
おそらく、マオの中で一番大きい感情は猫が好きだという点。だがヒトシは犬派だった。
ユウはモモカと三年生の先輩に昼間のダンスがあまりにひどかったから補習するといって踊らせていた。その間、埃っぽい床で小山座りしながらダンスをぼーっと眺めているマオのもとにヒトシは腰を下ろす。
気が抜けていたマオはヒトシが近づいてきた瞬間に、野良猫の如く鋭い視線を向ける。




