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正義の味方

「僕も大好きだよ。だから、もっと自分を大切にしてほしいかな」

「わ、私だって、もっと安全に生きたいんだけど……、不幸の方からやってくるんだもん。どんな不幸からも守ってくれるお兄ちゃんは私の超カッコいいヒーローなの」


 トワはヒトシに抱き着いたまま階段を移動し、結局、部屋にいた友達にブラコンだと気づかれてしまった。だが、そんなことどうでもいいと言うくらい、ヒトシにべた惚れである。


 トワを部屋に連れて行ったヒトシは一階に戻り、カレーライスの下準備を始めた。共働きの両親が家にいない時、家事は全てヒトシがこなしている。

 冒険者時代は料理洗濯仕事など全てこなしていたので、家事程度お手のものだ。家事するだけで両親からものすごく感謝されることに毎度とまどいながら、今日も今日とて夕食を作る。


「カレールー、ほんとお前は凄いなぁ。お湯に溶かすだけで、カレーになってしまうなんて」


 ヒトシが日本に生まれて感じたこと、料理があまりに美味すぎる。なにを食べても美味い。調味料も安く、豊富にあり、料理のバリエーションに困らない。

 食べられるだけありがたかった前世と違い、衣食住が確実に与えられる日本という国は最高以外の言葉が見当たらなかった。

 料理を極める道も一時考えたほど食に嵌っている。だが、趣味で丁度良いと気づいたのは最近のこと。料理してお金を稼ぐ未来が想像できなかったのだ。


「さて、良い具合に煮えてきた」


 トワの友達ように多めに作ったので、お裾分けに行く。二人いたのでトワと合わせ三人分のカレーと福神漬け、ラッキョウが入った小皿、水が入ったコップをお盆に乗せ、トワのいる部屋に届ける。絶賛の嵐だった。

 午後七時前に習い事で家を出る際、近くの駅に送った。めっちゃ懐かれた。


 その後、剣道の習い事に向かう。すでに三段を取得済み。強すぎて年上から化け物扱いされているが、裏表がないためヒトシが思っている以上に少年少女に人気がある。竹刀の変な振り方を披露し、怒られることもしばしば。

 老人は前世だと猛者しかいなかったため、敬意を忘れない。そのため、老人たちや大人にも人気がある。

 ただ、同学年の男子は良いように思っていない。寄ってたかってヒトシに勝負を挑むが大概倒される。人気があって強くて誰にでも優しい正義の味方みたいな優男という点もヒトシが同学年に嫉妬されている理由。

 その点に一切気づいていないヒトシの性格が原因とも言える。


「ふぅー、やっぱり趣味が丁度良いな」

「趣味ね……、これだから天才は。俺たちが毎日練習しているにも拘らず、週二回しか来ないサボり野郎が。部活入れよ、こんちくしょう」


 ヒトシと同じ高校に通う剣道部員の幸助(コウスケ)はヒトシの体に拳を当てながら泣いている。

 練習中にヒトシから一本も取れず、ボコボコにされてしまったのを根に持っていた。彼の腕前は全国大会入賞レベル。

 されど、本当の殺し合いをこなして来たヒトシに遠く及ばない。気を抜けば毎度竹刀を軽く跳ね飛ばされる。その後に迫りくる一撃で死を何度覚悟したか覚えていない。ヒトシと戦い始めてから腕が上がったと自負しており、何度も負けてその都度強くなっていくため、ヒトシも手を抜かず、真剣に戦っている相手だ。


「部活は入らないよ。剣道は趣味だからさ」


 ヒトシは道着を大きなバックに入れ、道場を後にする。時刻は午後九時。電車は使わず、ランニングで帰る。


「はぁ、高校二年生になっても毎日って特に変わらないな。でも、それだけ平和ってことだよな」


 ヒトシは夜でも殺し合いの暴行がなく、輪姦もなく、子供の誘拐もなく、路地に女性が連れされていくような場面を一六年間の間に一度も見た覚えがなかった。

 前世では数えきれないほどあったというのに。日本以外ではあるのかもしれないが……。

 もしそういう場面が起これば、迷わず飛び出せる自信がある。正義のヒーローと言う訳ではないが、自分なりの正義感は常に持っている。


「ちょ! 待て! 万引き野郎!」


 聞き覚えのある声が夜のコンビニの入口から響くと、マスクを着けた黒服の者が走り出していた。

 どこにでも監視カメラが着けられているような東京都で、万引きをする者がいないという訳ではない。大きな犯罪はあまり起こりえないが、小さな犯罪は日常茶飯事だ。


 ヒトシは万引き犯の前に立った。すでに万引き犯の右拳が顔面に迫っているが、微動だにせず、頭を左にずらして右掌をマスク越しの顔に押し付ける。

 万引き犯の体が浮くとコンクリートに背中から落ち、横隔膜が痙攣して息が出来なくなっている様子がうかがえる。コンビニ側が呼んだのか、警察がすぐに駆け付け、万引き犯はお縄に付いた。


「って、またお前か。はぁ、あんまり騒ぎを起こすなよ」


 警察官はヒトシと顔見知りだった。

 ヒトシが捕まえた万引き犯、強盗犯、窃盗犯、その他諸々、取り押さえた人数は指で数えきれないほどにまで登り、何度も感謝状を贈られているため、東京の警察官でヒトシの名前を知らない者はいない。

 お世辞ではなく女子警官より犯罪者を捕まえている。一六歳の少年が……。


「お疲れ様です! 今日も街の平和を守ってくださり、ありがとうございます!」


 ヒトシは啓礼を完璧にこなし、大きめの声を上げながら警察官に挨拶する。


「お、おう……。まあ、こちらこそ」


 警察官も啓礼し、軽く笑いあった後、別れる。

 帰宅中に三○分近く時間が取られ、午後十時に差し掛かりそうだった。そのため、ヒトシはすぐに家に走り出す。


「ちょ、おい、待ちなさいよ! って、足速!」


 背後から何か追ってくる気配があり、ヒトシは背後を振り返る。走りながら手を振る人を視力五.〇以上の瞳で見る。解像度の高い視界に映ったのは忘れもしない自分の股間を蹴りつけて来た女性だった。


「あ、魔王様」

「はぁ? また球を蹴るぞ、ムラヒト」

「ムラヒト? 僕の名前は村坂飛聡だけど……」

「だから、むらひとでムラヒト。間違っていないだろ」


 ヒトシは勝手にあだ名をつけられており、普通に困惑した。なぜ魔王が自分の名前を知っているのかわからなかったからだ。学校でも特に目立つ人間じゃないと思っているため、認知されていて胸が妙に高鳴っている。

 街灯に照らされている黒い髪と青い瞳。夜だと暗く見える褐色の肌。有名なコンビニチェーン店の制服を身にまとった胸の大きな魔王様は普通の人と違い、少々異質だった。


「えっと、魔王様、僕に何か用ですか? ぐふっ!」


 ヒトシは魔王様に再度股間を蹴られ、意気消沈。殺意が一切なく、悪気もない一撃で攻撃が来ると認識でない。

 時速一八○キロメートルの野球ボールをホームランの的に当てられるほど動体視力が良いヒトシでさえ躱せない蹴りを放つ彼女は、いったい何者なのか。


「懲りないやつね。えっと、これ。店長が渡せって」


 魔王様が持っていたのはポリ袋。中に肉まんらしき物体が見える。


「受け取れません。僕、特に何もしていないので……」

「じゃあ、私が食べるわ」


 魔王様はヒトシの了承を受けることなく、肉まんを手に取り口いっぱいに頬張っていた。「ほっふ、ほっふ……」と熱そうに頬張る姿は魔王様と言うより、美少女と形容した方が良いほど、美味しそうに食べていた。股間を二度蹴られ、もらえるはずだった肉まんを食われてもヒトシは特に何も思わない。

 共に戦っていた仲間を目の前で殺されたり、魔族に攫われた少女の首が槍に刺されてさらされていたりした時を思えば、可愛いものだ。


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