希望
「ヒトシ先輩は遅刻したので、そのままの服装で踊ってください。時間がもったいないですから」
ヒトシはユウに手首を掴まれ、小さな階段を上りステージに立つ。
「みんな~! こんにちは~!」
ユウがひとたび声を上げれば、集まっている者たちも大声で返事した。
「今日は演劇部の練習を見に来てくれてありがとう。ユウ、す~っごく嬉しい! 今日は楽しんでいってね!」
ユウの掛け声は何ともアイドルのようで、とても輝いている。そんな彼女の隣にいるのが、さえない自分だと思うとヒトシは息がつまった。
ステージ裏で待機していたモモカと三年生二名はステージに出てくる。
皆を知る者たちはわーきゃーと騒ぎ立て、携帯電話を掲げながら写真を撮りまくっていた。
「ゆ、ユウちゃん、話が違うっ! こ、こんな格好で踊るって聞いてない!」
モモカはレースのようにヒラヒラのスカートを履き、魔法少女を思わせるピンクが基調の衣装を身に纏っていた。清楚系な彼女がぶりっ子気質の衣装を着ると、どこか浮いてしまっている。
「本番は練習のように練習は本番のように。これが基本ですよ。練習だとしても、手を抜く気は一切ありません。アイドルの役をこなす時の練習だと思ってください!」
ユウはびっくりするくらい似合っている魔法少女風アイドル衣装をひらりはらりと動かし、周りに集まっている男たちを誘惑していた。
パソコンに繋がれたスピーカーからキラキラ・キララを思わせる歌声が響いてくる。昨日練習した歌で間違いない。
ヒトシはさすがに本職の彼女にかなう輝きは発せなかったが、覚えた振り付けは完璧にこなした。
ユウは体育館のステージで華やかにステップを刻み、笑顔と歌声を振りまいて観客の心を一瞬でさらっていく。まるで本物のアイドルのように、ひと振りの手もターンも、会場の空気を熱く染め上げていた。
やはり、彼女はアイドルの才能も持ち合わせているのだろう。
逆にモモカと二名の三年生は完全に雰囲気に飲まれていた。覚えていたはずの踊りが頭から抜け、ちぐはぐの動きになっている。そんな者たちを置き去りに、歌が止まる。一曲終わったらしい。
達成感はあれど、自分でやらなくてもいいかなと言うのがヒトシの感想だった。見ている方が何倍も楽だと知った。そう考えると、キラキラ・キララの負担はものすごいんだろうなと優に想像できる。汗だくのモモカはその場にへたり込み、体力のなさが露呈していた。
「みんな~、ありがとう、ありがとう~。また、きてね~。ユウ、待ってるから~」
ユウが呼びかけると、多くの者たちが声を上げ、さっきよりも笑顔になっている。一、二、三年合わせてざっと八〇人ほど。それでも、笑顔が生れている空間の凄さに一種の希望を見た。
――八〇人を笑顔にするってすごくないか……。なんなら、キラキラ・キララって東京ドームでも公演するんだよな。ざっと五万人以上が入るらしいから、一人の人間が大量の人を笑顔に出来るって、もう勇者じゃないか?
ヒトシはアイドルという存在を舐めていた。自分で五万人の者を笑顔にするなど不可能だったからだ。そんなすごい力を持つ者を希望といわず何というのか。
「あれあれ、ヒトシ先輩、なんか嬉しそうですね。私の可愛すぎる衣装で、悩殺されちゃいましたか?」
ユウはヒトシの前で妖精のように舞って見せた。バレエまで出来るようで、身振り手振りがプロのそれ……。いったい、いくつの才能を持っているのか底知れない。
「アイドルがすごいなって思ってさ。一度に多くの人を笑顔に出来るって、ほんと希望みたいな存在なんだなって」
「まあー、アイドル全員がそんなすごい力を持っているわけじゃありませんよ。ほんと一握りの化け物だけがすごいんです。特に、キラキラ・キララって言うアイドルは天才です。さすがの私でもアイドルの素質で負けてしまっています」
天才のユウが負けを認めるほどの才能をキラキラ・キララが持っていると言われ、ヒトシは腑に落ちる。今まで意識してこなかったが、キララというアイドルの存在は普通に幸せだったヒトシの生活を照らしだした。
昼練習が終わり、教室に戻ってくるとマオが椅子に座りヒトシが渡した弁当箱が机に置かれていた。弁当箱の重さから考えて全て食べられている。嫌いな食べ物はなかったようだ。
「牧田さん、今日はその、色々とごめん。疫病神と言われても仕方がないくらい、迷惑をかけて……」
「…………べ、弁当は、普通に美味しかった」
マオは前を向いたまま、ぼそぼそと呟いていた。常人は耳を傾けないと聞こえないような小さな声。だが、ヒトシは常人ではないため、難なく聞き取れた。彼女の口から美味しかったと言われ、胸のシコリが一つ外れた気分になる。
「明日も弁当を届けようか? なんなら、朝昼晩、三食」
「そ、そこまでしなくていい。もう、気にするな。今朝の件はさっきの弁当だけで充分帳消しだ。これに懲りたら、私に近づかないでくれ。関係を持とうとしないでくれ!」
マオはヒトシを突っぱねるような発言を背中越しに語る。雪の中に蹲る野兎のような弱々しい雰囲気。どうして、そこまで一人になりたがるのか……。魔王といえど、一人でいるのは苦痛なはずだ。
連絡先を聞こうにも、彼女は携帯電話を持っていないと知っている。最近の高校生の携帯電話所持率は九九パーセント近くあり、持っていない方が稀だった。
携帯電話がない時期を知らない若者が大半のこの時代。
ヒトシも日本に生まれた時から遠く離れた者と通話できるのが当たり前だった。だが、前世は違う。
通信機器などなく、戦友と違う道に進んだとしてもすぐに連絡が取り合えるわけではない。
手紙も魔物や魔族の襲撃によって届けられない場合が多い。
一度別れたら、今生の別れになるのが普通だった。そんな時代を一六年と短い時間だったが、生きて来たヒトシにとって携帯電話など特に必需品でも何でもない。ただの便利な板だ。
「牧田さん、明日は部活? それとも、アルバイト?」
「……半日部活で午後からアルバイト」
「じゃあ、学校に来れば会えるね。朝と昼の弁当を持ってくるよ」
「わ、私の声が聞こえなかったのか。もう拘わるなって。私に拘われば拘わるだけ、不運な目にあうぞ。私はお前に疫病神だと言ったが、本当の疫病神は私だ。私は一人でいなきゃいけない人間なんだ……」
マオはヒトシの方を向き、必要以上に潤った青色の瞳で見つめる。




