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異世界の村人、日本に転生。でも、なにすればいいの?  作者: コヨコヨ


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交通事故

「僕はどう生きたいんだろう……」


 口をゆすぎ、歯磨き粉のミントの香りがほのかに広がる。前世で持っていた生きる目的もなく、ただただ生きているだけの毎日。

 何かかなえたい夢もなく、戦わずに平和な世の中で過ごしている。きっと、今、自分は限りなく幸せ者だ。

 マオのように貧乏だったならば、夢など考えられなかった。いや、夢を追いかける権利は誰にでもある。日本の民主主義は王政と違うのだから、自分がしたいことを憲法の範囲内でしたいようにすればいい。今のヒトシは限りなく自由だ。

 今はまだ、もう少し自由を満喫していよう。いつか、自分の夢が見つかるまで。


 ヒトシは荷物を持って、家を飛び出し、学校に走って向かった。マオ用の弁当は出来る限り動かさず、中身が崩れないよう注意して移動する。

 午前八時。家を出発したヒトシは学校まで一直線に走っていた。いつもの大通り。この時間帯になると車が渋滞しそうなほどよく走っている。


 前方に見えるのはいつぞやの信号無視おじさん。今日も今日とて携帯電話を見ながら自転車で走行中。

 真っ直ぐ進むと信号機が見えてきた。赤信号だったが、青信号に変わる。このまま、真っ直ぐ進めば車に轢かれず渡れる。

 そんなふうに思っていたら、どこかで金属の線が切れたような乾いた音が鳴った。

 ふと、ヒトシの人間離れした動体視力を持つ瞳が人間の視野ギリギリ端にトラックが映る。フロントガラスに透ける運転手の顔が青ざめていた。

 赤信号で止まるはずのトラックは直進を続ける。何度もブレーキを踏んでいるのか、運転手の顔に悪意はない。されど、速度は落ちず青信号で走り出した普通車と激しく衝突。

 進行方向が変わっても速度は落ちず横断歩道からガードレールを躱してしまい高層ビルに突っ込んでしまった。

 聞いた覚えもないほど激しい衝突音で、ぱーぷーっと鳴り響いている車のクラクションが一瞬で静まり返るほど。

 高層ビルのガラスは薄い氷のように容易く破壊され、何かに乗り上げたのか後輪が浮いている。


 歩行人は尻餅をついて震えていた。車に乗っていた者たちは青信号赤信号どちら側も移動を止め、何が起こっているのか理解するのに時間がかかっている。


 ヒトシの体はすでに動いており、トラックの下から出血のように音もなくガソリンがあふれ出ているのを見る。

 自転車を走行しているおじさんは携帯電話に夢中で周りが見えていない。ヒトシは横断歩道を渡ろうとしていた自転車のキャリアを握りしめ、走行を止める。

 一瞬怒鳴られたが、事故が起こった方に指さし危険を伝え、籠の中に手荷物を入れさせてもらった。そのままトラックに向って走り込む。

 携帯電話で救急車を呼び、警察と消防にも連絡を入れる。


 ――ガソリンに火が付く前に助け出さないと。


 ヒトシは運転席に乗っている人を救出するために危険覚悟で高層ビルの出入り口に突っ込んだトラックのもとに駆けよる。

 運転席のサイドウィンドは衝突の際に割れ、フロントガラスも真っ白になるほど罅が入っていた。轢かれた者はいない様子で、不幸中の幸い。

 運転席側の割れたサイドウィンドから手を入れて、鍵を開ける。扉は開いたものの運転手の脚が座席とハンドルが繋がっているダッシュボードに挟まり、変な方向に拉げていた。エアバックは作動しており、運転手に命の別状はなさそうだが衝突の衝撃で気絶していた。


 すぐにシートベルトを外し、運転手を引き出そうとするが、脚が抜けない。座席を後ろに下げようとするが、レールが拉げているのか後ろに下がらない。

 どことなくガソリンの鼻に突く嫌なにおいが風に乗って香る。

 このままだと炎上の危険があった。両脚が複雑骨折している運転手を引き出そうとするも、完全に挟まって抜けそうにない。

 消防隊が駆けつけるまで約十分。

 運転手の脚からの出血は圧迫されているためさほどない。ガソリンが燃えさえしなければ運転手は助かりそうだ。


 救急車と消防車が早く来てくれと思いながら十分待っても、中々来ない。大都会東京、救急車の数は四五〇台を超える。

 早朝で大地震や火災が起こっているわけでもない。すぐ来るはずなのだが……、未だに救急車消防車のサイレンも聞こえてこなかった。


 運転手の出血の量が少ないといっても、作業着が真っ赤に染まり、車内から外に溢れ出るくらいに溢れている。二から三リットル血が流れるだけで死に至る可能性があるというのに……。


 ヒトシは自分が着けていたベルトと運転手が着けていたベルトを抜き取り、両脚の膝上あたりで思いっきり縛った。多少なりとも血のめぐりは遅らせられるはず。状況から察するに、運転手の両脚はもう使い物にならない。


 一五分ほど経ってから消防車と救急車が到着した。ヒトシは運転手から距離を取り、叱られないようすぐにその場を離れた。

 剣があれば両脚を切断してすぐに病院までいけたが、日本で刃渡り六センチメートルを超える刃物を携帯しているだけで銃刀法違反になってしまう。そう考えると前世なら全員が銃刀法違反で捕まってしまうな……。


 トラックから離れたヒトシは高層ビルの少し離れた位置にある横断歩道を渡り、大きく迂回しておじさんに預けた荷物を取りにいった。

 おじさんの姿はなく、歩道に無作法に捨てられた弁当箱入りの保冷バックと通学鞄が……。

 どうせなら、ベンチに置いておいてほしかった。無理やり引き留め、押し付けた自分も悪いと飲み込む。携帯電話を見ると午前八時二五分になっている現状に気づく。

 もう、ホームルームが始まってしまう時間帯だった。高校生になってから初めての遅刻。

 高層ビルにトラックが突っ込んでいたので運転手の安全を確保していました。なんていっても、信じてもらえないだろう。明日にニュースになっていれば多少信じてくれる人がいるかもしれないが、学校は一人の生徒に対して融通が利かないと知っている。

 遅刻は遅刻、電車の遅延証明書でも持っていれば話は変わるが、走っているヒトシに一切関係ないのはいうまでもない。


 ☆☆☆☆


 二年八組に到着したのは午前八時四〇分ごろ。一限目の授業が始まっている最中だった。二年八組遅刻第一号の汚名を飾られる。欠席ではなく、遅刻として処理された後、ヒトシは自分の椅子に座り、目の前にいるマオの機嫌がすこぶる悪いと背中を見ただけでわかった。

 彼女の内側から沸々と湧き上がるオーラがカゲロウのように空気を漂っている。授業中だから殺されていないが、一限目が終わった後、自分の身に不幸が降り注ぐと察する。

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