ニート?
「牧田さんは可愛い物が好きなんだね」
「あ、い、いや、これは、その、や、安かったから、買ったんだ。五〇パーセントオフのワゴンに入っていたから……」
マオは必死になって説明する。実際は五〇パーセントオフの籠に放置され、他の場所に返されていなかった品だった。そう知った時のマオの心情の緩急はジェットコースターに勝るとも劣らず。手放せず購入し、今に至る。
「えっと、これを羽織っていれば外に見えませんから。なんなら、それを見に纏って服を脱げば、今着ている服も洗えますよ」
ヒトシは質の良いカッパを脱ぎ、マオに差し出す。
「な……、こ、ここで全裸になれというのか……」
マオの顔は今までになく赤くなっていく。だが、貧乏精神がカンストしている彼女は家で手洗いするための水道代と石鹸代すら勿体ないと感じてしまった。
今、ここでヒトシに金を出させれば面倒な洗濯をしなくて済む。なんなら、柔軟剤の良い香りがするホカホカの服が着られる。お気に入りの猫バスタオルもゴワゴワせずにふんわりに仕上がる……。
「こ、こっちを見るなよ。絶対に、絶対に見るなよ!」
「は、はい! ぜ、絶対に見ません!」
ヒトシは身を翻し、入口から誰か来ないか見張る。その間にマオはヒトシの膝下ほどまであるカッパを着こむ。少々濡れており、ヒトシの汗と雨のにおいが鼻に入り顔を顰める。だが、家の中の香水臭さに比べればどうってことない。
袖に腕は通さず、巻きタオルのように身を隠しながらぐっちょりと濡れたTシャツとブラジャー、短パンと下着を脱いだ。カッパの中で全裸になってしまったマオは全身から火が出そうになるのを必死にこらえ、自分の貧乏精神を呪った。
たった数着のためにここまでする必要なかったと。だが、後に引けず、足下に落ちている濡れた衣類を洗濯機の中に入れ込む。洗濯籠の中身も全て入れ込んだ。洗濯物を溜めに溜めていたため、量が多く費用は千円ほど。
「お、おい、金……」
マオのぶっきらぼうな声が響く。その声に反応し、ヒトシは振り向いた。自分のカッパを着こむマオの姿がそこにある。靴下まで洗濯機に入れたのか、濡れた靴を履いていた。ただ、カッパの中は丸裸なのかと思うと、服の中の湿気が蒸れる。
「こ、こっちを見るな! さっさと金を入れりょ!」
マオは、舌を噛んだ。学校と普段のマオの印象が違い過ぎて、ヒトシは笑いそうになる。学校で男子から魔王様と言われるほど冷徹な彼女が、普段はここまで女の子っぽい状態に陥るとは、思ってもいなかった。
「牧田さん、恥ずかしがり方が可愛すぎますね。いつまでも見てられそうです」
「だ、だからみりゅなって! んんんぅっ」
マオはまたしても噛み、青い瞳がうるうると涙ぐむ。舌を結構強めに噛んでしまったらしい。口内炎になってしまうかもしれない。
朝っぱらから不幸続きのマオと、終始笑顔のヒトシ。
洗濯と乾燥が終わるまで四〇分。ヒトシとマオは無人のコインランドリー内で椅子に座りながら待ち続ける。現在の時刻は午前五時四〇分。洗濯と乾燥が終わるころは午前六時二〇分。朝食の下準備は終わっているため、何ら問題なかった。
会話、などあるはずもなく、沈黙した重たい空気が流れる。一分が一〇分に感じられるほど時の流れが遅い……。
マオはごうごうと唸りながら回っている洗濯機をじっと見ていた。家に洗濯機がないから目新しく、見入っている。
せっかく二人切りになれたのだから、ヒトシは何か会話しようと脳内で会話が続きそうな議題を考える。ただ、マオからの好感度はゼロに近い。何か話そうとしただけで軽蔑される気しかない。
「ま、牧田さん、待ち時間が長いから、外を走って来たら?」
「バカか、こんな状態で走りに行けるか。こんなんで走っていたら変態じゃないか!」
裸の上からカッパを着ただけのマオはヒトシに向って牙をむく。この場で座っているだけでも体が煮えたぎりそうだというのに、走りに行けるわけがない。彼女の不幸具合からして、何かの拍子でカッパが脱げて生まれたばかりの姿をさらす羽目に。
途中まで考えて放棄した。実際になったら恥ずかしすぎて死ねそうだ。
金を払わせたヒトシをさっさと出て行かせたいが、自分が羽織っているカッパはヒトシの品のため、脱いで渡すわけにもいかない。仕方がなく、本当に仕方がなくこの場にヒトシをとどめている。会話などしたくないが、暇を持て余すのももったいない。夜遅くまでアルバイトしていたため、睡眠時間は四時間程度。今すぐ眠りたい気持ちがあるものの、男がいるのに、眠れるわけ……。
マオはヒトシの何を考えているかよくわからない横顔を見て、寝落ちした。
考え事していると、隣から猫の寝息のような隙間風のような、すーすーすーという音が聞こえてきた。ヒトシは右隣を見ると、テーブルに突っ伏して眠りこくっているマオがいた。
カッパの裏は裸だというのに、近くに自分がいるのに、と思いながらマオの顔を見る。褐色肌でわかりにくいが眼の下に酷いクマが出来ている。寝不足気味だろうから、起こさずにじっとしておいた。
午前六時頃、コインランドリーを使用する客が寝間着ビーチサンダル姿という、外に誰もいないでしょと腹をくくった服装で現れる。
ふわぁ~とあくびしている……。茶色っぽい長髪、幼く見えるがどこか品のある美女。ただ、髪はぼさぼさ、寝不足そうな顔、外に出るのに寝間着、ニートなのかと疑うほどの雰囲気。
だが、携帯電話の鳴る音が響くと、ちっと舌打ちして耳に当てる。
「はぁ、ちょっとグラサン、こんな時間に何。今、どこって? えぇー、適当に飲み歩いてたらどっかのビジネスホテルに一人で眠ってた。迎えに来る? 今日は休みじゃ。マグロが番組に来てほしいって? たく、あのマシンガントークやろう……」
ヒトシはどこか聞き覚えのある声に首を傾げる。女性は椅子に座り僕たちの方を見て来た。
「……ホームレス? じゃないか。家出少女と男子? まさか、駆け落ち……」
女性ははわわーっと口を広げ、ずいずいと近寄ってくる。キラキラと星のように光るブラウン色の瞳が眩しい。スッピン姿だが、声や仕草、コロコロ変わる表情が可愛すぎて目が焼けそうになった。どこか、ユウと似た愛嬌。天性の才能を感じる。




