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異世界の村人、日本に転生。でも、なにすればいいの?  作者: コヨコヨ


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コインランドリー

 だが、こんな人生でも自殺しようと考えた覚えは一度も無い。ましてや、不幸なだけで生活が辛い訳でもない。水や食べ物が上手くて、闇金に手を出さなくても寝床があり、家賃を取りに来る大家の怒鳴り声を月に一度聞き、父が殺人を犯して刑務所にぶち込まれて、母がホスト狂いになっていたとしても何ら問題ない。


 自分さえ生きていればそれだけでいい。両親などもとから期待していなかった。家族など、どうでもよかった。

 さっさと金を貯めて親元を離れてやる。高校のスポーツ推薦を貰えるほどの足で大学も行ってやる。

 中卒の両親を軽く超えて、自分で自分の未来を掴み取ってやる。仲間もいらない、夢もいらない、希望など必要ない。

 何もかも自分の力だけで充分だ。これから何度不幸に合わされようとも、生き延びてやる。

 何のために生きるのか、その答えは見つかっていないが、今はただ、生きているだけで充分すぎるほど、この命に精一杯感謝している。


 ☆☆☆☆


 新学期が始まって五日目。休日が迫った金曜日。ヒトシはいつもより一時間早く起きて朝食と弁当の仕込みを終えてから朝の運動に出かけた。

 今日の天気は雨。コンクリートやアスファルトに雨粒が当たっても音はしない。ただ、水溜まりやガラス、プラスチック、トタンなどに当たると心が落ち着く自然音が奏でられている。

 前世は雨が降れば跳ねて喜んでいたが、最近はそうでもない。水分は問題なく確保できる。水浴びに使う訳でもない。今の生活で雨が降っていても何ら利点はない。晴れの日より交通事故は増える。人の目が少なく警察犬の鼻が生かしきれないため犯罪も起こりやすい。

 ユウに雨の日の河川敷は危険だから近づかないようにと連絡を入れ、ヒトシは道路側の白線の内側で走る。

 防水スプレーを吹きかけてある靴は未だに濡れておらず、雨の日でも快適に走れている。やはり、科学技術は凄いなと思わざるを得ない。


 東京のシンボルともいえる赤と白の鉄骨が入り混じった東京タワーの高さに驚いたと思えば、ほぼ二倍の東京スカイツリーの高さに度肝を抜いた。

 人間はこれほど高い建物を作れるのかと感心と恐怖を得る。ただ、一六年間生きて来て、魔法ではなく科学技術に慣れてしまった自分が恐ろしい。


 前世でほぼ使えなかった魔法より、誰でも扱える科学技術の方が馴染み深いまであった。誰でも使えるのは良い点だが、時に悪い作用も引き起こす。


 トラックや車の絶えない東京の道路。ただでさえ人が多い東京に早朝から物資が運ばれてきている。

 毎日毎日、世界各国から食べ物や機械、部品などが集められている。世界の反対側から荷物を届けるなど前世では考えられなかった。

 車があれば、石油があれば、拳銃や医薬品があれば、前世でも多くの者を助けられたに違いない。そういっても、魔王軍も使っていたと考えると被害はより一層増していたかもしれない。果たして、近代化することは良いことなのだろうか。


「前の世界も近代化したら全長八〇メートルを超える空飛ぶドラゴンとか、齢千歳を超えている美魔女エルフとか、飲めば瀕死でも復活するエリクサーの泉とか、おとぎ話になっていくんだろうな」


 ヒトシは近代化が進む東京を見るにつれ、前世の近代化していない世界もまた愛おしく感じていた。

 冒険した経験は探求心を育み、一歩踏み出す原動力になる。地球のありとあらゆる場所は探索され、冒険できるような場所はどこにもない。

 そう思いがちだが、案外そうでもない。ヒトシは東京の中を毎朝走る中で、出来る限り走った覚えのない道を行く。その度に新たな発見があり、感情が生まれる。

 それが楽しかった。前世の街なんて、たいして変わり映えのない景色が続くだけ。東京は行く先々に様々なお店や建物があり、ただ走っているだけで満足できる。


 家に帰っている途中、歩道の無い道路の工事現場に通りかかった。鉄格子で工事現場が仕切られており、奥が見えにくい。

 後ろや前方の右斜線を見て車の通りがないと確認した後、工事現場の横を通る。工事現場を抜けた頃、後方から速度を無視した高級車がヒトシの体すれすれを通って突っ走って行った。当たらないとわかっていたから良いものの、完全に捕まる速度。


 ただ、急なことは重なり真横からカッパを着ずに半そで短パン姿のまま走っていた褐色肌青眼の美女と衝突する。これは、何とも運がいい。マオのランニングコースと鉢あった。

 毎日この辺りを走ればマオと出くわす可能性が上がると、嬉しく思ったが、出くわしてどうするのか考えていなかった。

 そんなことより、今は別の考えを巡らせなければならなかった。マオがヒトシの体にぶつかって後方に倒れてしまっていたのだ。

 雨が降っており、工事現場付近と言うこともあって泥水の水たまりが近場に出来ている。不運にも、マオはその水たまりに背中から倒れ込んでいた。


「く……、ムラヒト。またお前か……」

「ご、ごめん、牧田さん。服がドロドロに」

「はぁ、気にするな。少し前に車から泥水を掛けられてすでに濡れていた」


 マオはヒトシの手を取らず、自ら立ち上がる。下着までぐっしょり濡れているとわかるほどびしょぬれ。泥水から這い上がって来たかのような彼女を見て、ヒトシは提案する。


「えっと、コインランドリーに行かない?」

「…………ちょっと待ってろ」


 マオはヒトシの発言を聞き、猫耳を立てたように身を跳ねさせる。身を翻し、走っていく。待っていろと言われたが、ヒトシはマオの背中を追った。細い道を行くと、木造のアパートが見えてくる。だいぶ古びていて、地震が起こったら簡単に倒壊しそうだった。

 その一階左端の扉の取っ手にマオは鍵を突っ込み、開いて中に入った。扉をすぐに閉める。一〇分もしない間に大きめな洗濯籠にパンパンに詰まった山盛りの衣類を持ってマオが家から出てくる。

 どうせコインランドリーに行くなら、これも洗濯してもらおうかとでも言っているような視線を向けてきた。ヒトシはグーサインを出し、許容する。


 近場のコインランドリーにやって来た。結構新しい風貌で、二四時間稼働している。早朝なので使われていない。ドラム式洗濯機が二段並んだような機械が壁一面に設置されている。

 座る場所や衣類を置くテーブルも設置されていて、ホームレスなら普通に住めそうな場所。誰もおらず貸し切り状態だ。


 マオは適当な場所に狙いを定め蓋に手を伸ばした時「あっ!」と可愛げのある声で叫ぶ。


「き、着替えてこればよかった……」


 マオは泥まみれの服のまま、コインランドリーにやって来ていた。ふと、ヒトシはマオの姿を凝視する。薄手のTシャツが濡れていたせいでマオの肌に張り付き、大きな双丘が浮き出ている。すらりとS字のラインが見える腰つき、むちりと膨らんだ臀部にほぼ露出されている大腿部が汗と雨でじんわりと濡れている。

 女子高生にしては洗礼され過ぎている身体。すこし童顔だが青い瞳までしっかりと見つめれば小顔の美人。筆で描いたように真っ直ぐな鼻筋や薄ピンク色の唇など、美女に疎いヒトシでも綺麗な顔だとすぐにわかる。

 あと、濡れた服にブラジャーが透けている。運がいいのか悪いのか、下だけではなく上の下着まで見る羽目になってしまった。


「あの、服が透けてますよ……」


 マオは声にならない悲鳴を上げ、近場にあった洗濯籠から一枚のバスタオルを取って、体を隠す。ただ、広げたバスタオルに愛くるしい猫の絵が刺繍されている。おそらく、もとから刺繍されている品だろう。

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