一二年もの
前世は剣を毎日振り、走り回っていた。
前世と比べると圧倒的に平和な日本の東京の空を見る。星は見えない。まだ、夕方で太陽の赤い光が他の光の波長を置き去りにして広がっている。あと、一時間もすればビルや車から発せられる光が辺り一面に蔓延るのだろう。月しか見えない大都会で夜を謳歌する人間たちが活発になる。
大都会東京は良い所だ。何でもある。本当に何でもある。ただ、前世に持っていたヒトシの宝物は簡単に手に入らなかった。
夢と希望、仲間。
前世で持っていた夢は地球じゃ、当たり前になっていた。夢は皆が安全に暮らせる国で家族と幸せに暮らすこと。ありがたいことにかなっている。希望は勇者の存在。仲間はいるような、いないような……。
前世に持っていた夢や希望、仲間は今のヒトシの原動力にならなかった。新しく見つけたくても簡単に見つけられない。自分でも思うほどスッカラカンな人生だ。
前世の方が密な人生だった。前世の一六歳だった自分は立派な大人だと思っていたが、今の自分は同じ年齢なのに、どうしてこんなに子供なのか。理解できない。
まあ、過去も今も童貞なのは変わらない。だが、そんなことたいして問題じゃない。この年齢になるまであっと言う間だったのに、高校二年生になってからの四日間がやけに長いと感じる矛盾。
ユウと出会ったからか、はたまたマオと出会ったからか。背中を任せられそうな仲間の存在は見つけた。後は夢と希望があれば、地球でも生きて行けそうだ。
「夢と希望を見つけるのが難しいんだよなー」
僕は段差につまずいてこけているお婆さんを帰宅途中に助け、バッテリーが上がって動けなくなった車をけん引し、恐怖から動けなくなっている女の子の髪に付いたオオスズメバチの翅を捥いだ。そのほかにも、善行を積み家に到着。
家の玄関に入ると、トワとその友達が携帯電話を持ちながらワイワイと遊んでいた。
ヒトシが小学生くらいから全面に液晶が付いた携帯電話が普及し始め、今や多くの学生が持つようになっている。
機械音痴のヒトシは携帯電話の機能を一割も使いこなせていない。おそらく多くの人が同じ傾向にある。子供のコミュニティは外から中に変わり、猛暑でもない春先だというのに家の中で遊んでいる妹とその友達。
夕方ごろから外で遊べといわないが、部活にまだ入っていないのなら、外で遊んでくればいいのにと思わざるを得ない。
一言でも外で遊べばと言えば「スマホを弄っている方が面白いし」と返ってくるのが落ち。トワが外で遊んでいる場面をここ最近見ていない。外で遊ぼうと思えばいくらでも遊べるのに。
「ヒトシさん、私たちと連絡先を交換しませんか!」
「私、ヒトシさんのこと、もっとたくさん知りたいです!」
トワと一緒に放していた二名の女子達が携帯電話を持ち、屈託のない視線を向けてくる。
「だ、ダメダメっ! お兄ちゃんは機械うんちだから、携帯電話という超ハイテク機器は使えないのっ!」
トワは二名の女子を家の外に追い出し、僕を睨みつけた後に扉を閉める。家の外でやんや、やんやと女の子の甲高い声が響いている。近所迷惑にならないといいが……。
玄関に広がるトワの荷物。リュックに入っていたノートや筆記具、手提鞄からはみ出した体操服、脱ぎ散らかされた靴下……。過保護すぎるからか、トワは少々ずぼらな性格になっていた。このままだと、お嫁さんの貰い手がいないのではないか。
そう不安になる今日この頃。すでに体操服と靴下を持って脱衣所に置かれた洗濯機前に移動しているヒトシだった。
裏返った靴下を戻し、体操服のポケットにティッシュなどが入っていないか調べた後、洗濯用の網を被せて洗濯機の中に入れた。ボタンを押して洗浄と乾燥を始める。
手洗いうがいのあと、夕食の準備。掃除はロボット掃除機が毎日働いてくれているのでトイレや和室、階段などのルンバが普段はいらない場所を綺麗にする。
洗濯と乾燥が終われば洗濯籠に取り出して手早く畳み、父、母、自分、トワの四種類に分けて並べておく。各自が収納場所に持って行く。
午後七時頃、トワがため息をつき、リビングに戻って来た。そのまま、料理をよそっているヒトシの背後に回り、そっと抱き着く。
「なに、トワ。料理が零れたら危ないよ」
「お兄ちゃんの成分を補充しているの。私の体がお兄ちゃんの成分が枯渇して動けなくなってもいいの?」
「ルンバじゃないんだから。昨日の夜の充電じゃ足りなかったの?」
「私は一二年物だよ。一二年も経ったらバッテリーが劣化してエネルギーがすぐに枯渇しちゃうのー。だから、何回も充電しないと駄目なのー」
トワは頭をグリグリさせながら僕にくっ付いてくる。揺れると料理が零れて危ないのだけれど、彼女は聞く耳を持たない。
クリームソースから作ったシチューとパン屋さんのパン、旬の野菜が沢山入ったサラダ、余ったクリームソースを使ったチーズとベーコンのカルボナーラ。ヒトシ成分の充電が完了したトワが料理を覗き込むだけでお腹がぎゅるるるっとなっていた。
早く食べた過ぎて、自ら料理をテーブルに運ぶ。いつもこれくらい積極的に家事を手伝ってくれれば女子力が上がりそうなのに、と思っても口にしないヒトシだった。
土日以外はトワと夕食を得る時が多い。そのせいで、大分仲良し兄妹になった感も否めない。都会ながらも列車やビル群が多い中心街から外れた場所なのでテレビや携帯電話の音しか聞こえないほど静かな良い立地。
窓の外は暗く、人気が感じられない。だが、子供のトワからしたら静かな空間ほど怖い場所もなかった。そこにずっと一緒にいてくれたヒトシに懐かないわけがなかった。
「午後七時になりました。臨時ニュースをお伝えします。四月三日、ニューヨークのゴミ収集車八台が爆発、炎上しゴミ収集車の運転手二名が亡くなった事故で、ゴミ箱に爆薬を仕掛けた人物はアメリカを拠点とするテルス・ベッルムの幹部と思われることが判明しました。自室で爆発物を自作していた容疑者を取り押さえたさい、次の標的は日本にするなどと言う上層部からの連絡を受けていたほか……、
東京都にて、またもや学生が行方不明になり、一年で二〇名近くに上り……、
こんにちは、キラキラ・キララと科学で遊ぼの時間だよ~! 皆、元気~? キララは元気元気~! 今から扱う分野は電気電気~! なんちゃって!」
ヒトシがニュースを見ているとトワがチャンネルを変え、ヒトシがおぅと唸るほど美人なトップアイドルが大型テレビにドアップで映し出された。近くでトワの舌打ちが聞こえる。
ダイニングテーブルで両親がいない平日は向かい合って食事する。ヒトシの真ん前で食事ができる幸福に小学校高学年ごろに気づいたトワはその時からいつもヒトシの前の席で食事をとる。
横顔しか見えない隣の席より顔全体が見えた方が、気分が沸き立つ。会話も弾み、両親がいない時間が全く苦ではなかった。
母の帰りと入れ違う形でヒトシが習い事に向かう。そんな時もトワは母のお出迎えではなく、ヒトシのお見送りのために玄関まで足を運んだ。




