活動報告
「僕とユウさんはまだ出会って四日目だよ。小学校、中学校がいっしょだったわけじゃない。ほんと最近出会ったばかり。なんだけど、妙にシンパシーを感じるんだ」
ヒトシはユウの頭をポンポンと撫でる。すると、ユウはご機嫌なのか、脚をぶらつかせていた。
「ヒトシ先輩もそう思ってくれていたんですね。実は私もなんですよ。出会った瞬間、全身に電撃が走ったみたいで、ビビビっと! 来たわけです」
「あ、ユウさんもそうだったんだ」
ヒトシとユウが周りの目もはばからず、頬や脇を指先で突いてイチャイチャしている場面をマキオとモモカは口を挟まず見つめていた。明らかに、出会って四日目の仲の良さではない。
モモカはヒトシが差し出した手ぬぐいを解く。一段の弁当箱が現れる。プラスチック製の蓋が透けており中身が見えるタイプの弁当箱だ。見るからに美味しそう。四面に付いたストッパーを外し、全貌を露にすると梅干しが乗ったご飯が半分、おかずが半分に配置されている。
プラスチック製の箸が付いていたが、ヒトシが気を利かせ割りばしを差し出した。
だが、モモカは割りばしがもったいないからとプラスチック製の箸を使用する。嫌悪感なく他人の箸が使える精神の持ち主だった。
モモカはヒトシの作った卵焼きを食す。出汁風味で、甘味ではなく塩味の方が強い。潰れておらずフワフワで口に入れただけでほろけた。すぐにご飯を口に入れ、共に食す。
「んん~、美味しい~。村坂くう、料理が上手だね。女子力高いな~」
「むむむ……、私も、ヒトシ先輩の手作り弁当、食べたかった……」
ユウは未だに根を持っているようで、モモカがヒトシの手作り弁当をパクパク食べていくたび、表情を暗くしていく。目の前に超高級そうな重箱があるというのに。
重箱の中には和食の職人がユウのためだけに作った料理の数々が収められている。それよりも、どうしてもヒトシの作った弁当の方が食べたいと考えていた。だが、食べても良いよとは言えても、何かを貰う行為はユウにとって難しかった。すでに何でも持っているため、他人から奪うような行為は罪悪感を得てしまう。そう思っていたら、
「ユウさん、僕のでよかったら、食べる?」
ヒトシは自分の弁当箱から卵焼きを箸でつまみ、持ち上げた。
その言葉を聞いたユウはご来光かと思うほど晴れやかな表情で、何度も頷いた。口もとに差し出された卵焼きに躊躇なく食らいつく。ミシュラン五つ星のお店で食べた卵焼きよりも美味しいと思ってしまう。庶民的な味だというのに、ヒトシから食べさせてもらえたというだけで、美味しさが上限を突破していた。
「ヒトシ先輩、ヒトシ先輩、私のお弁当も食べてください!」
ユウは重箱をヒトシに差し出し、輝かしいほど綺麗に詰まった料理を見せる。
「え、遠慮しておくよ……。僕は自分のぶんで十分だから」
「じゃあ、代わりに俺が貰っちゃおう」
マキオはヒトシの割りばしを使って重箱の中身を取り出そうとすると割りばしがいつの間にか宙に舞い、真っ二つに割れていた。
ユウの手に持たれた漆塗りの高級マイ箸によって華麗に弾き飛ばされたのは明白。鋭い眼光がマキオに向けられ、震え上がらせる結果になる。
「はっ、私、演劇部の今後について話に来たんだった。弁当が美味しすぎて忘れてたよ」
モモカは弁当を全て食べきってからふと思い出したように喋り出す。
「演劇部に必要なのは顧問と生徒会に提出する部活動報告。顧問の件は後から何とかするとして、生徒会に演劇部の活動報告を提出しないといけないんだけど、最近、真面な活動が出来ていないから、このままだと廃部にされるかもしれないの」
「演劇部の活動報告は過去にどういうのがあったんですか?」
「老人ホームで演劇したり、夏祭りで演劇したりかな……。私はまだそう演劇部っぽい活動の覚えがないんだけど。出来れば全国高等学校演劇大会に出たいな、なんて」
「演劇にも全国大会があるんですね。頑張ってください」
「えー、村坂くんは演劇部に入ってくれないの。残念」
「そうです、そうです、ヒトシ先輩、演劇部に入ってくれないんですか。こんなに可愛い女の子二人が、お願いしているのに?」
ユウはここぞとばかりに萌え声を発し、ぶりっ子のような身振り手振りをヒトシに見せる。周りの男子生徒はうほぉ、というゴリラや猿のような声をあげる者が多数。女子生徒は超絶可愛い女の子がするぶりっ子の破壊力に目を反らさざるを得ない様子。
モモカも透き通ったガラスのような良い声であるからして、耳を擽るような美声と整った顔立ちをヒトシに向けていた。モテキ、という言葉をヒトシは一切思い浮かべず、サラっと……、
「確かに演劇は楽しかったけど、演劇部に入るつもりはないかな。毎日部活に行っていたら家事が滞ってしまうし、妹が悲しむから」
ヒトシは嫌味なく部活に入れない理由を伝えた。両親共働きのため、家事はおおむね自分がしていること、中学生になったばかりの妹が兄離れ出来るまで時間がかかりそうなことなど、つらつら喋る。
「なら、仕方ないかー」
モモカは体に入っていた力を抜き、うなだれる。だが、ユウは引き下がらない。
「じゃあ、毎日じゃなければ良いということですね。あと、午後の練習じゃなければ問題ない。あとあと、土日はご両親がお休みだと思いますし、家事の心配はない。兄離れさせたいなら、妹離れする必要がありますよね? ヒトシ先輩、全然演劇部に入れるじゃありませんか~」
ユウはヒトシの手を握り、ブンブンと振りまくる。何を言っても彼女から逃がしてもらえないと、ヒトシは察する。演劇部の入部をきめ……たわけではないが。
「はぁ、わかった。演劇部に入るつもりはないけれど、手伝いはするよ……」
「やった~。やっぱりヒトシ先輩は優しいですね。お礼にキッスしても良いですよ」
ユウは唇に人差し指をツンツンとあて、アヒル口になっていた。軽い上目遣いで、琥珀色の美しすぎる瞳が日光を反射し、映えまくっている。だが、ヒトシは顔色一つ変えず、
「お礼はいらないよ。手助けは僕の趣味だから。キスはユウさんの大切な人のために取っておかないと駄目だよ。安売りするもんじゃない」
ヒトシはユウの頭に手を当て、微笑みながら優しく撫でる。あまりに優男すぎて、その状況を見ていた女子生徒は妙に胸を高鳴らせ、男子生徒たちは己の心の醜さに打ちひしがれる。
間近にいたマキオはパンパンに膨らませた股間を隠すために内股になり、猫背になっていた。




