まるで魔法
昨晩、タナカから貰った惣菜を電子レンジで温める。暖め終わったら家族用の朝食と弁当を作りながら食べる。
ヒトシはタナカから教えてもらったマオの弱み。食べ物に目がないという点を利用し、距離を縮めて友達になろう作戦をユウの助けなしで決行する予定だ。
手作り弁当を持って食べてもらえれば距離が少し縮まるのではないかと……。ユウの助言をもらってからにすればよかったと後悔するのは、今日の昼頃。
ヒトシは自信作の弁当を持ち、教室から出て行こうとするマオの前に立った。
「牧田さん、えっと、友達になりたいので弁当を作ってきました。食べてください」
「は? キモ」
魔王様こと、牧田真央は友達になりたいからと言う理由に嫌悪感を抱いたのか、ヒトシの股間を敵意なくノールックで蹴りつけ、ヒトシを鎮圧。倒れているヒトシを尻目に悪びれもせず、教室を後にした。
「ヒトシ先輩、お昼ご飯にしーましょ。って、あれ?」
ヒトシが真っ白になって床に倒れている場面を見たユウは首を傾げた。
「ヒトシ先輩、どこか痛いんですか? 痛い部分があるなら言ってください。私がとても良く効くおまじないを掛けてあげます」
ユウは倒れているヒトシに近づき、話し掛ける。だが、ヒトシはユウに言えるわけなかった。股間が痛いなんて。
「ん、神村ちゃんじゃん。ヒトシは魔王様に股間を蹴られて悶絶しているだけだ。気にすんな。今日のヒトシは人一倍キモかったからな」
マキオはヒトシが痛い目に合っているのを見て、笑っていた。
「ヒトシ先輩……、こ、股間がいたいんですか。じゃ、じゃあ、私がよく効くおまじないを掛けてあげますね」
ユウはヒトシの股間に手を伸ばす。すると、すでに股間を押さえているヒトシの手と触れた。ユウの華奢な小さな手はヒトシの手と布二枚を隔て、股間に触れる。
「本当は直に触った方が良く効くんですけど。さ、さすがにそれは、ヒトシ先輩に悪いと思うので、ここからで。い、痛いの痛いの……、飛んで行く!」
ユウはヒトシの手をすりすりと擦り、呪文紛いな発言の後、美少女とは思えない変顔を浮かべる。そのまま両手を広げ、体を大きく見せた。
ユウのあまりの突発なボケにより、ヒトシはツボに入ってしまい笑い転げる。
マキオの苦笑いから察するにユウのボケは完全に滑っているのだが、ヒトシにだけうけた。
笑い転げたヒトシは股間の痛みがなくなっているのに気づく。先ほどまでずきずきとつき上げるような痛みが走っていたのに、ほんとに痛みがなくなった。まるで魔法だ。
「ユウさん、ありがとう。本当に痛くなくなったよ」
「どういたしまして。ヒトシ先輩の股間がパンパンに腫れていなくてよかったです」
「ほんとだよ。でも、パンパンに腫れていても、ユウさんのおまじないを受けたら治っていたと思うよ」
「それこそ、直に触れないと治すのは難しいですね。沢山すりすりすれば治せると思いますよ。傷口を舐めるのも有効かもしれませんね~」
「さすがに、それは衛生上問題があると思うなー」
ユウとヒトシの会話を聞き、あっと言う間に股間をパンパンに膨らまてしまっているマキオであった。
股間に大怪我を負う寸前だったヒトシはユウに先ほどの件を話す。
「何の前ぶりもなく、牧田さんにお弁当を持って行って気持ち悪がられてしまったんですね。まだ、会話もまともにしていない相手にいきなりお弁当を持って行くのは最初からかっ飛ばしすぎですよ」
「うぅ、残念無念……。また、嫌われてしまった」
「まあ、気長にやっていきましょう。その前に、腹ごしらえです!」
ユウはどこから取り出したのか重箱を机の上に置いた。いつも通りの大食いである。
「あ、ユウちゃん……、ここにいたんだ」
二年八組教室の後方の扉から顔を出したのは、演劇部のモモカだった。綺麗な黒髪が窓から入る春風に揺られる。
「お、おぉ、超タイプ……」
マキオの視線は黒髪を耳に掛けるモモカに向っていた。一瞬、モモカと視線が合い、微笑みながら会釈を受けた。その瞬間、マキオは今すぐドラミングしたい気分だったが、先にユウの声が出た。
「モモカ先輩、どうかしましたか?」
「演劇部の練習と活動内容の件なんだけど、ユウちゃんにも相談しようと思って」
「なるほど、なるほどー。なら、ここで話し合いましょう。丁度、ヒトシ先輩もいますし」
「ああ、それが良い、そうした方が良い、絶対にそうした方が良い!」
「なんで、マキオが決めるんだよ……」
「四の五の言わずに、この場で話し合いしろよ。わかったか!」
ヒトシはマキオの圧に負け、小さく頷く。モモカの面倒臭いなぁといいたげな顔と、ユウのしてやったりというようなにちゃりとした笑顔はあまりにも対比していた。
ヒトシは自分の椅子に座り、ユウはモモカをマオの席に座らせたあと、ヒトシの膝の上に乗る。誕生日席に椅子を持って来たマキオは少しだけモモカの方に寄せ、弁当を重箱の近くに置く。
「えっと、江田さん。よかったらこの弁当を食べてください」
ヒトシはマオに渡す予定だった、弁当箱をユウの横から重箱の奥に置く。
「良いんですか?」
「江田さん、今、弁当を持っていないようですし、話し会っていたら時間がなくなってしまいますから、丁度いいと思って」
「ありがとうございます。お腹ペコペコだったんです」
モモカは両手を合わせ、ヒトシに頭を下げる。その際、ふわりと香る花のような甘い匂いが発情中のゴリラの鼻腔を擽る。
「むぅ、まさか、ヒトシ先輩の手作り弁当を私より先に食べる人がいるとは。牧田さんの件は予測してましたけど、こっちは計算外です……」
ユウはふくれっ面を曝し、膝の上でじたばたと暴れていた。
「その……、ユウちゃんと村坂くんって昔からの知り合いなの?」
「俺も気になってた。さすがに仲良すぎだろ。幼馴染とかか? あ、俺、明神万亀雄。よろしく。これ、俺の連絡先、渡しておくぜ」
マキオはモモカにそこはかとなく自己紹介して連絡先を渡す。内心、心臓が飛び出そうだったが、ここで行かない方が後悔すると察し、行動していた。
「あ、はい。江田百花です……」
モモカはマキオに最低限の自己紹介で終える。一応、連絡先を受け取っておいた。社交辞令のようなものだ。




