情報
「同じクラスの村坂ヒトシといいます」
「へぇー。そうなんだ。えっと、牧田ちゃんは高校一年生のころから働いているから一年くらいの関係かな。仕事への取組みは最近の若い子にしてはよすぎるくらい。まあ、もっと愛想が良くなってくれれば文句の付け所がない子だよ」
「僕、牧田さんと友達になりたくて。何か、会話になりそうなネタとかあれば教えてもらいたいんですけど……」
「えー、なになにー。村坂くん、牧田ちゃんに気がある感じ~?」
タナカは年相応のウザがらみをヒトシにする。おっさんと言えど、若者の会話は大好物だったりする。過去に何ともいえない青春を過ごしたタナカにとってはなおさらのこと……。
「気があるというか、凄くシンパシーを感じまして。友達になれそうな気がするんです」
「ん~、牧田ちゃんは仕事中、びっくりするくらい喋らないからな……。仕事態度としては完璧なんだけどね。あっ、牧田ちゃんは携帯電話が持てないくらい貧乏だから、食べ物をあげると凄く喜ぶよ。ポーカーフェイスが崩れるほどね」
タナカは軽く微笑みながらヒトシにマオの情報を提供した。三度も犯罪者を捕まえてくれたヒトシに野暮な発言は出来なかった。
「なるほど、食べ物ですか。貴重な情報、ありがとうございます」
ヒトシはタナカに頭を深々と下げ、そのまま家に向って走る。到着したのは午後一一時。
「た、ただいま……。ひぃっ!」
家の玄関に横たわって眠るトワと、両腕を組み今にも殴り掛かって来そうな激怒寸前の母の姿がありありと視界に映る。
化け物じみた強さを持つヒトシですら、実の母に勝てる想像は全くできなかった。それほど、母の存在は偉大である。剛腕を持つ父ですら、母の尻に敷かれ四の五の言わせてもらえない弱い立場なのだ。
「ヒトシ、さすがに遅すぎる。またまたまた……警察から連絡があったんだけれど。どういうことか説明してもらえるわよね?」
世界を脅かす魔王にすら果敢に挑みに行ったヒトシの精神は母の激怒に容易に丸め込まれ、ヒヨコ同然だった。プルプルと震え、母に泣く泣く説明する。
深夜帯のため長時間叱られるわけではなかったが、短いながらにヒトシの心をケチョンケチョンに叩きのめした。
トワはどうもお風呂に入っていない様子で、未だにヒトシの制服を羽織ったままだった。だが、すでに午後一一時三〇分。中学生がお風呂に入る時間帯にしては遅すぎる。歯も磨いていないと思われるため、大分不衛生だ。
ヒトシはトワを起こして二人でお風呂に入る。といっても、トワが半分眠っている状態なのでヒトシが介護しているような状態だった。一五分ほどお湯に浸かり、湯冷めしないようトワの髪や体をすぐに洗ってお湯に戻す。その後、自分の体を洗い、トワと共に脱衣所に出る。ボーっと立っているトワの髪を乾かし、下着や寝間着を着せて、歯を磨く。
「あれ、僕、トワに過保護すぎない?」
「……うぅん、お兄ちゃん、だっこ」
清潔になったトワは眠れる状態になり、ヒトシにムギュっと抱き着く。意識はずっとあった。ヒトシに構ってもらえるのが嬉しすぎてわざと眠そうなふりを続けていた。策士である。
頭脳明晰だが、抜けているヒトシはトワの策略にまんまと嵌り、働きバチの如く過保護に接する。まだまだ妹離れが出来ない様子。何だかんだ言って、兄にとって妹は可愛い存在なのだ。
ヒトシも眠る準備が整っているため、寝室にトワを運ぶ。ベッドに寝かせるも、トワはヒトシを離さない。今日は朝から晩まで、まだ一時間も甘えられていない。このままではトワの中でお兄ちゃん成分が足りなくなり、行動不能になってしまう。一大事だった。
ヒトシは四の五の言わず、トワのベッドに共に寝ころぶ。背中や後頭部を優しく摩り、安眠できる安全な環境に感謝しながらトワを癒す。
今までの状況を同級生に話せば、兄と一緒にお風呂に入るなんて、同じベッドで一緒に眠るなんて、と同級生に引かれてしまう。そう考えているトワはヒトシとの関係を滅多に口にしない。ヒトシが完璧なお兄ちゃん過ぎて、怖いくらいだった。だが、心のどこかでお兄ちゃんじゃなかったらよかったのにと言う考えが巡る。
一時間もしないうちに、トワは深い眠りに再度ついた。
「お休み、トワ……。元気なまま、大きくなるんだよ」
ヒトシはトワの額にキスして、ベッドから離れる。どこでも眠れるが、トワの睡眠の邪魔は出来ない。自分の部屋のベッドに寝ころび、今日の犯罪者に絡んだ件をそこはかとなく反省する。
もう少し上手く立ち回れなかったか、危険が及ばないように出来なかったか、など、様々な不手際が起こった際のシミュレーションを脳内で巡らせる。
過去の膨大な戦闘経験の結果、脳内で普通に戦闘が可能だった。現代っぽくいうならば、頭の回転が速い。
目を瞑っていたら、いつの間にか眠っている。眼を覚ましたのは午前五時。携帯電話に普段は入っていない通知が四件……。
メッセージを送って来た相手はユウだった。トワが連絡先を登録してくれたおかげで携帯電話を使い意思疎通ができるようになった。ただ、連絡の内容が……。
『ヒトシ先輩、登録お疲れ様です』
『はぁ~、ヒトシ先輩に早く会いたいです』
『ヒトシ先輩、私、明日も河川敷に行きますね~』
『ヒトシ先輩、私、女の子なので連絡を返してくれないと寂しいです~。ヒトシ先輩の機械うんち、機械うんちっち~』
「ユウさんって、案外暇人なのか?」
どのメッセージも昨日の午後一〇時までの間に送られてきていた。それ以降は送って来ていない所を見るに、配慮は掛けていない。ただ、ヒトシは午前五時にメッセージを送っていいのかと考える。河川敷に行くと書かれているため、すでに目を覚ましている可能性が高い。ユウも朝方だと思われた。なら、送っても問題ないという結論に至る。
『ユウさん、おはよう。連絡返せなくてごめん。柔道場で練習してたんだ。その後も色々あって、携帯電話を見る暇がなかった。許してください』
「そっけなさすぎるかな。まあ、別に気にする必要はないか。相手はユウさんだし」
出会ってまだ四日しか経っていないというのに、すでに何か分厚い信頼関係が形成されていた。まるで、背中を合わせて死線を潜った戦友のような安心感。
出会って四日目の後輩にそんな感情をいだいた覚えなどないが、今の心情に嘘はない。ただ、こっちが勝手に思っているだけの可能性もあるため、配慮は欠かさない。




