三日連続
「メイにベタベタ触ってんじゃねえぞ。変な気でも起こしたら、ヒトシといえど許さねえ」
マキオはヒトシの肩を力強く握り、威圧感を溢れさせている。自分の妹を守る良き兄と見るか、過剰な愛情と見るか。ヒトシに判断しかねる。されど……、
「もう、お兄ちゃんのバカ! ヒトシさんは私の練習に付き合ってくれていただけだから! 私は……む、胸もぺったんこだし、髪も短いし、男っぽいから、同級生からも男女とか言われてるくらいだから!」
「い、いや、最近は相手が幼児だろうと興奮する変態がうろついているんだ。男っぽい中学生が好きな変態がいたらどうする。メイに何かあったら俺は……」
マキオはメイが心配で仕方がない様子。兄が妹に愛情を持っているのは悪くない。ただ、過剰な愛情は身を亡ぼす。
前世で死んだ妹を甦らせようと悪魔に魂を売り、大量の人々を巻き込んで大量虐殺に走った男を知っている。
その際、大量の魔族も同時に殺し歩いていたため、彼のおかげで活路が開けた場面は少なくない。ただ、最後は妹と見分けも付かない化け物が生み出され、食い殺されていた。その化け物の恐ろしさは今でも容易く思い出せる。
自分と多くの冒険者の力を合わせてギリギリ倒せた。ただ、街一つが壊滅してしまった。多くの者を逃がせたからよかったものの、逃げた者が路頭に迷ったのはいうまでもない。
「私、女子の中で大分強いし、変な人が来ても倒せる自信ある。だから、心配しないで」
メイは腕を組んだあと、黒い短めの髪を耳に掛ける。すぐに女性用の脱衣所に走っていき、ヒトシとマキオが取り残された。
「心配するなって言われても無理だろ。メイはこの世の何よりも可愛いんだぞ。変態が見逃してくれるわけがない!」
マキオは兄フィルターでメイを見ているため、この世の何よりも可愛く見えているのだろう。
実際、メイはゴリラなマキオと違い、猫っぽい幼さと愛らしさを持っている。そのまま大きくになれば愛嬌のある大人に成長するだろう。この大都会東京で、一人の少女を攫う行為がどれほど難しいかマキオは知らないらしい。危険な場所に踏み込まなければ大概人の目があり、監視カメラも付いている。
前世の世界に防犯カメラや携帯電話などの録画機器など存在せず、子供は奴隷として高く売れるため子供の誘拐は頻繁に起こっていた。国の大きな課題でもあり、少しでも減らそうとしていたが、奴隷制度が廃止される予定とまでの記憶しかない。
子供が誘拐されたから探してほしいという依頼は冒険者ギルドにもよく流れて来た。出来るだけ子供を救い出そうと奮闘したヒトシですら一〇〇件の依頼中、八人ほどしか救えなかった。映像機器なしで見つけられたのだから奇跡と言ってもいいかもしれない。
「マキオ、いざとなればメイちゃんは携帯電話で連絡できるんだから心配しすぎるのも体に酷だよ。いずれは自立しなければならないんだ。過保護になりすぎたらメイちゃんのためにならない」
「く、わかってる。わかってるけどよ……」
マキオは坊主の頭を掻きむしりながらその場でじだんだを踏んでいた。
ヒトシはマキオが足踏みダンスしている間に柔道着を脱ぎ、パンイチの状態になった。
「はわわわ。ヒトシさんの体、バキバキ……」
「ヒトシさん、学校の男子たちと全然違う。カッコよすぎ……」
「しゃ、写真撮りたい。と、撮ってもいいかな、いいよね……」
ヒトシが服を着替えている姿に柔道場にいた女子達が熱い視線を向けていた。ヒトシの肉体美はレオナルド・ダビンチに並ぶルネサンスの巨匠ミケランジェロが作ったダビデ像を彷彿とさせる。もしくはそれ以上。視界的な美しさと機能美に溢れ、見る者を魅了させる。そのようなこと、ヒトシが知る由もない。
マキオはそのようなヒトシの姿を見て、奥歯を粉砕しそうなほど噛み締めているが、ヒトシから見れば未だに葛藤の途中なのだろうと思われる始末。
服を着替え終わった後、汗まみれの柔道着を色が抜けて鼠色っぽい黒帯で結ぶ。そのまま、ボンサックのように肩に担ぎ、爽やかな笑顔を浮かべながら柔道場を後にする。
今日も今日とて魔王様の働くコンビニの通りを走る。ただ、今日はメイの自主練に付き合ったため、いつもより時間が遅かった。午後九時四〇分過ぎ、コンビニの前に立つ。透明なガラス製の自動ドアからレジで姿勢よく立っている魔王様の凛とした姿がはっきりと見える。整った顔立ちと、褐色肌、膨らんだ胸、特徴的な青い瞳。
数メートル離れた場所からでも、存在感が異様だった。コンビニの店員の恰好が浮いてしまうほどに……。
ヒトシは押しボタンに触れ、自動ドアを開けた。
「いらっしゃいませー。って、またムラヒトか。毎晩、毎晩……、懲りないやつだな」
魔王様……ではなくマオは大きな目を三白眼のように細め、睨みを利かせてくる。
マオと友達になりたいと思っているヒトシはとりあえずコンビニに入ったものの、積極的に友達を作った経験がないため、何したらいいかわからず、右に曲がる。雑誌コーナーを適当に眺め、腕を組みながらマオとどうやったら友達になれるのか考える。
「ムラヒトのやつ、成人雑誌コーナーの前で何しているんだ……」
人気のないコンビニ内、ヒトシが立っている場所は成人雑誌が置かれたトイレに近い場所。一六歳のヒトシはエッチな本をコンビニでまだ買えない。
マオは同級生のよしみ、なんなら万引き犯二名を捕まえてくれた恩義でヒトシが成人雑誌を持って来ても何も聞かず買わせてやるかと軽く考え、気にも止めずレジに立ち、踵を浮かせたり下げたりしながら脹脛の筋トレに勤しむ。
そんな中、春先だというのに厚手の長袖長ズボンを着こみ、黒いニット帽を被っているサングラスとマスク姿の人が入ってくる。
「いらっしゃいま……」
「店長を出せ……」
マオの前で止まった酒焼け声を発する男と思われる強盗犯は服の内側から刃渡りが二〇センチメートルほどある出刃包丁を取り出した。切りつける、差し込む、どちらでも人を殺すのに何ら滞りが起こらないほどの凶器。その刃先がマオの大きな胸の前に突き出されている。マオの指先が非常時用の警察を呼ぶボタンに伸びるが、
「動くんじゃねえっ! さっさと店長を出しやがれ……」
出刃包丁を持つ酒焼け声の男は手が震えている様子だった。恐怖、罪悪感、焦り、いったいどのような感情で震えているのかわからない。だが、その震えはどうも普通ではない様子だった。何かの禁断症状のようにも見える。
マオは恐怖心を抱いていないような涼し気の表情で両手を上げる。コンビニの店長は別部屋で仮眠中のため、コンビニ内の異常事態に気づいていない様子だった。
三日連続で犯罪にあう確率はいったいどれほどのものなのか。考えている余地もないほど、マオの目の前にいる酒焼け声の男は異質な雰囲気を放ち、出刃包丁をレジの板に突き刺す。
酒焼け声の男は、マオが変な行動をとらないか凝視し続けていた。
周りに気を配らないのは、深夜帯であり人通りの少ないコンビニだったからか、はたまた周りを見る余裕すらなかったのか、成人雑誌コーナーのあたりはエッチな背表紙が外に見えないようガラスにポスターやバンドのチケット広告などが張られ、隠されている場合が多い。その影響で一人の少年の姿を見過ごしていた。