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根掘り葉掘り

 午後六時三○分ごろ。昨日同様にヒトシにとっては遅めの帰宅。玄関で仁王立ちする黒長髪のジト目少女が一人。

 白いカッターシャツを着ているが、ボタンを全て外しており真新しい桃色のブラジャーを曝している。スカートは脱ぎ捨てられており、真っ白な細身の脚がすらりと伸びていた。ブラジャーと同じ色のショーツを堂々と曝している自分の妹にヒトシは溜息が隠せない。


「トワ……、そんな恰好していたら、配達員の人が来た時、外に出られないでしょ」

「宅配ボックスがあるんだから、外に出なくていいもん。そんなことより、お兄ちゃん、帰ってくるのが遅すぎ。部活に入っていないくせに、なんでこんな時間になるまで帰ってこないの。まさか、お兄ちゃんに彼女が出来て、今まで遊んでたとか」


 トワの表情は暗くなり、天井の高い解放感のある玄関で露骨に落ち込んでいるように見える。彼女は思い込みの激しい所があり、ありもしない現実を勝手に信じ込んでしまう。

 時に、自分はお兄ちゃんの妹じゃなくて、お父さんが貰って来た里子だとか、両親の子供と他人の子供が取り変わってしまった妹とか言い出す始末。生憎、大きな瞳の眼元は母親によく似ているし、きりっとした口もとは父親によく似ている。

 全体を見ても、両親のハイブリッドであるのは間違いない。ただ、ありもしないトワの思い込みが本当だったとしてもヒトシは今と変わりなくトワに優しく接する自信があった。


「ちょっと、部活動見学に行っていただけだよ。遅くなってごめん」


 ヒトシはトワの頭に手を置き、羽織っていた長袖の制服をトワの肩にかける。


「むぅ、私はごめんと言われれば何でも許しちゃうような、甘い女じゃないんだからね」


 トワは頬を膨らませ、自分の上半身をたやすく包めるヒトシの制服をしっかりと掴む。ヒトシの温もりと、安心する匂いに包まれ、強い口調だったトワの声が穏やかになる。


「ほら、今から夕食を作るから、その前に先にお風呂に入っちゃって」


 ヒトシはトワの背中を押し、お風呂場に向かわせようとするが……、


「今日もお兄ちゃんとお風呂に入るの」

「毎日僕と入っていたら、寝る時間が遅くなる。そうなったら、ちゃんと成長出来ないよ。母さんのおっぱいが大きいからって、規則正しい生活をしていなかったらトワも大きくなるとは限らないからね」


 ヒトシは前世で知りえなかった遺伝と言う知識を本で学び、トワに伝える。


「……お兄ちゃんのエッチ」

「言いたいだけでしょ」


 結局、トワはお風呂に入らず、ヒトシの制服を羽織った状態でソファーに座り込み、携帯電話で自撮りしていた。ソーシャルネットワーキングサービス、略してSNSで『私のお兄ちゃんがうざすぎる~♡』と仲間内で共有していた。そんなさなか、


「トワ、ちょっとお願いがあるんだけど」

「えー、お兄ちゃんが、私にお願い? エッチなお願いは駄目だよー。私達、きょうだいなんだからー。でもでも、お兄ちゃんがどうしてもっていうなら……」


 トワが下着に手を伸ばしたころ、ヒトシは自分の携帯電話とユウから受け取った紙を手に取り、ソファーで寝転がるトワに差し出した。


「紙に書かれた連絡先を携帯電話に入れてほしい」

「……はぁ、お兄ちゃん、何でも完璧なのに、機械うんちなんだから」

「機械うんちって、機械音痴の間違いでしょ。下品だからやめなさい」

「お兄ちゃんの機械うんち、うんち~」


 未だに小学生気分が抜けていないと思われるトワはヒトシから携帯電話と連絡先が書かれた紙を受け取り、通信アプリ(LINE、ライン)に連絡先を登録した。その際、ラインアカウントが見られ、アイコンが表皮されていた。そこに映っていたのはキラキラ・キララと言うトップアイドルとのツーショット写真。キララにも負けず劣らずの美貌を持つ華聯な少女が写っていた。


「お、お兄ちゃん、だ、誰これ。男の人じゃないじゃんっ! ど、どどどど……」


 トワはヒトシに出来た新しい男友達だと思って連絡先を入れたのだが、どう考えても男のアイコンではない。もしかすると、妹とアイドルのツーショット写真をアイコンにしている痛い男の可能性もあるが、さすがにないとかぶりを振った。

 トワでさえ、ヒトシの鍛え抜かれた上裸の写真はアイコンにしていない。ツーショット写真ですら使うのをためらうというのに……。


「えっと、なんかよくわからないけど、最近仲良くなった後輩の子。分け合って連絡先を交換する流れになったんだよ」

「どういうことか、何もかも鮮明に教えてもらいましょうか!」


 トワはヒトシの携帯電話を握りしめながら、父のような大股で歩き、母に似た眉間にしわを寄せた顔で近づく。そのまま紋所を見せつけるように携帯電話を突き出し、アイコンを押し付ける。

 ヒトシはその行為を連絡先の交換が終了した合図だと解釈し、トワから携帯電話を受け取ろうとする。だが、トワはそう簡単に携帯電話を返してくれなかった。


 携帯電話の写真やSNSの履歴を隅から隅まで覗き見られる。ヒトシの携帯電話はただの通信機器でしかない。ホーム画面に設定されたトワとのツーショット写真以外、特に見られても問題ない内容ばかりだった。

 もちろん、ホーム画面にツーショット写真を設定したのはトワである。何なら、ロック画面はトワが眠っているヒトシの頬にキスしている写真であり、他人に見せるには少々気恥ずかしい内容だった。変えたくても、ヒトシにそのような技術はない。

 過去、どうにかこうにかしてみたもののデータが全て消去され、初期設定に戻った事件があり、トワに酷く叱られた経験がある。


 トワに質問攻めに会いながら夕食を作り上げた。鯖の味噌煮、豚汁、キャベツとシーチキンのサラダ、焼き立ての白米。春が旬のイチゴやキウイ、サクランボの入ったフルーツポンチが三○分の間に出来上がる。


「お兄ちゃん、もし、付き合うなら私のチェックがないとダメだからね! 勝手に付き合っちゃ駄目だからね!」


 トワは小骨がしっかりと取られたサバの味噌煮と白米を豪快に食しながら叫ぶ。


「はは……、付き合うとかよくわからないから、僕には無理だよ。じゃあ、行ってきます」


 ヒトシはトワと軽く夕食を済ませた後、黒帯で縛られた柔道着を肩にかけ、週二日行っている柔道場目掛けて走った。と言っても、昨日まで行っていた剣道場の上に柔道場があるので、向かう場所は同じだ。

 すでに剣道を習っている者達の大声と、柔道を習っている者達の打ち込み稽古の汗臭い叫び声が聞こえてきていた。


 ヒトシは幼少のころから武道を習っていたが、今ではほとんど教える立場にある。武道を教えるにあたり、資格が必要に加え実力と高位の有段者でなければ人に武術を教える立場に成れない。

 ヒトシはただたんに強いだけであり、武のありかたを伝え教える師範のような存在ではないと思っている。

 だが、師範でなくとも相手を強くするための稽古相手なら問題ない。そのため、子供達からヒトシ先生と呼ばれるのを拒み、普通の年上の男と認識させている。

 理由はただたんに、先生と呼ばれるほど、自分は人格者ではないと考えているからだ。


 午後七時三〇分過ぎ、ヒトシは柔道畳が敷かれた部屋に頭を下げて入る。柔道を習っている者達がヒトシに向って深く頭を下げながら挨拶する程度に慕われていた。

 男女別の脱衣所。当たり前のように男用の脱衣所に入るヒトシはパンイチの状態になって持っていた柔道着を着こむ。その最中、木製の横開き扉が勢いよく開けられる。


「ヒトシさんっ! 打ち込みの相手になってください!」

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