約束を守る
ユウは魔王様の手に連絡先が書かれた紙を握らせる。常に笑顔を絶やさず、キラキラと光る雰囲気を振りまいている。
紙を渡したあと、ユウは魔王様の近くからさっと身を引いて、
「では、失礼します!」
ユウは魔王様に頭を下げ、怒りを買われる前にその場を後にする。二階の廊下で息をひそめていたヒトシのもとに戻ってきた。
「えっと……、僕が牧田さんと友達になりたかったんだけど」
「おそらく真央先輩は友達が少ないタイプ。いや、一人もいないタイプですね。いきなり男子と友達になるのはハードルが高いので、友達が一万人以上いる私が先に友達になって、友達という存在に慣れてもらおうと思います。その後、仲介役になってあげますから、焦らないでください」
ユウに友達が一万人いるというのは本当だろうかと、ヒトシは疑わしと思いながら、彼女が言うと現実っぽく聞こえてしまう。あの魔王様に四の五の言わせず力技で友達の地位に無断で入り込める技量は、ヒトシも脱帽せざるを得ない。
「私、友達は沢山いますけど……、恋人は一人もいませんから」
ユウは指先を合わせながらヒトシの顔をチラチラと見て、琥珀色の瞳を潤わせている。
「へぇー、ユウさんなら恋人も一万人くらいいそうだけど」
「わ、私、そんな悪女じゃないですから! ピュワピュワな乙女なんですからね!」
ユウは両手を真上に伸ばし、全力で振るっていた。その動きが小動物のようで愛くるしさ全開。
「冗談だよ。でも、ユウさんの恋人に成れる人は凄いスペックの高い人なんだろうね」
「私の好きな人のタイプは身長が高くて、私よりも強い人で、凄く優しくて……」
「ユウさんより強い人は中々いなさそうだね」
ヒトシは昨晩の剣道場の光景を思い出す。男子すら真面にユウをとらえられていなかった。彼女に勝てる男子は見当がつかない。それくらい圧倒的な強さを持っていた。
「と、ともかく、私はちゃんと約束を守る女です。ヒトシ先輩も私との約束、ちゃんと守ってくださいよ」
「はいはい……、わかったよ」
ヒトシはユウの言う通り、放課後に演劇部に顔を出すと約束した。まだ、魔王様と友達になったわけではないが、ユウなら約束を破らないと何となくわかるため、ヒトシも約束を破るつもりはない。
「あ、あの、ヒトシ先輩……、これ」
ユウはモジモジしながらヒトシの掌に紙を握らせる。英数字の羅列が書かれており、連絡先だと思われた。電話番号と携帯電話内にある多くの者が使っているアプリ内に打ち込むアドレス。携帯電話を扱うのが苦手なヒトシは家に帰ってトワに登録してもらうと決め、制服のポケットに入れ込む。
「ヒトシ先輩は昼食を得ましたか?」
ヒトシは昼休み直後から魔王様を追っていたため、昼食はまだ得ていなかった。昼休みの残り時間は一五分ほど。教室に戻って弁当を食べ始めたら昼休みの時間は十分と残らない。
「教室に弁当が置いてある。早く食べないと、昼休みが終わってしまう」
「それは一大事ですね。じゃあ、すぐに戻っていっしょに昼食にしましょう」
ヒトシとユウは二年八組の教室に戻り、同じ机で昼食を始める。
「おいおい、ヒトシ、これはどういう状況だ。お前、俺を差し置いて彼女を作ってイチャイチャラブラブしやがって」
ヒトシとユウの昼食場面に遭遇したマキオは額に血管浮かばせ、握り拳を作っている。今にも殴り掛かりそうな雰囲気を放っていた。
「えへへー、やっぱり恋人に見えますか~。まあ、そうですよね。私としては恋人を飛び越えて夫婦と言われても何ら差し支えないんですが」
ユウはヒトシの方に熱った視線を向ける。だが、
「え? 彼女。違う違う、ただの後輩だよ。なんかよくわからないけど、息が合うんだよね。まだ出会って三日目なのに」
「運命の相手ってやつか……。あぁー、そうですかそうですか。ヒトシは俺と同じですぐに彼女が作れるけどわざと作らないタイプだと思っていたのに、やっぱりヒトシも可愛い女の子に言い寄られたらころっと彼女を作ってしまうやつなんだな」
マキオは勝手に誤解し、勝手に話を捏造している様子だった。ヒトシは面倒臭いなぁと思いながらも、弁当を食べきり五分と言う短い時間を使って事情を説明する。
「魔王様と友達になりたいから、力を貸してもらっている? なんだそりゃ。そんなことなら、俺に任せておいてくれればよかったのに」
マキオは昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ったころに戻って来た魔王様の前に立った。
「魔王様、俺の親友がっ!」
魔王様の鋭く長い脚が、マキオの股間に打ち込まれた。
マキオはひざまずき、額から床に倒れ込む。尻を突き出した状態で、ものすごく情けない恰好だった。
「黙れゴリラ」
魔王様はマキオを物理的に喋れないようにしてしまった。そこそこ耐久力のあるマキオを一撃でノックアウトするなんて、さすがの攻撃力。
ユウは魔王様の椅子からどき、頭を下げてヒトシの前に出る。そのまま、手の平を握った。
「じゃあ、ヒトシ先輩。放課後、楽しみにしていますね」
ユウは妖精のようにふわりとした脚使いで教室を出ていく。
教室にいる者たちは半尻を出しているマキオと、何事も無かったように椅子に座る魔王様、妖精のような美しい少女の退室が合わさり、脳内の処理能力が著しく低下していた。午後の授業が始まり、いつも通りの日々が流れていく。
午後の授業が終わると、掃除の時間になりヒトシは箒で教室の中を隅々まで綺麗にする。掃除が終わるとホームルームがあり、明日の予定などが話された後、下校時間となる。
魔王様は教室を早々に出て行き、マキオは未だに床に倒れていた。いや、今、再度魔王様に話しかけて股間を強打された結果、床に倒れる結果になった。本当にバカなのかもしれない。
「ヒトシ先輩、早く早く~」
放課後になるや否や、ユウが二年八組の教室にやって来た。
ヒトシはどれだけ演劇部が好きなんだと突っ込むが、一度やってみると楽しいですよと返される。
ユウに力を借りている手前、ヒトシは無下にできず演劇部の部室に連れていかれる。その間、ヒトシの腕にユウが抱き着き、周りからの視線がとても痛い。
なぜ、抱き着かれながら移動する必要があるのか全くの謎。それでも、ユウをとがめられず、そのまま部室に移動した。
「こんにちわっ! 今日もお願いします!」
ユウは演劇部の部室……、と言うか物置部屋のような堅苦しい部屋に入り大きな声を出していた。部室の中にいたのはざっと四名。
「ユウちゃん、今日も元気だねー。えっと、そっちの男子は?」
腰まで届きそうな長い黒髪が特徴的な女性がヒトシに視線を向ける。眼を細め、完全に敵意むき出しの状態。ユウが腕に抱き着いている状況が気に入らないようだ。
「えっとー、簡単に言うと私の夫です」
「「「「「は?」」」」」
その場にいた四名とヒトシはユウの発言に度肝抜かれ、開いた口が塞がらない。