友達になりたい
「お前、私に何の恨みが……」
魔王様こと牧田真央が二日連続の万引き犯に遭遇し、再度現れたヒトシに苦笑いを向ける。
「恨み? そんなものありませんよ。これ、戻しておいてください」
ヒトシは拾った商品を魔王様に差し出す。
魔王様は商品を見て、耳をじんわり赤らめた後、ヒトシから商品を奪い取る。商品棚に突っ込み、ずかずかと歩きながらレジに戻って来た。
「二日連続で万引き犯に狙われるなんて、災難でしたね」
「たまたまに決まってるだろ……。たまたまだ、たまたま」
魔王様はたまたまを強調していた。そんなにたまたまを連呼しなくても、とヒトシは思っていた。なんなら部活をこなし、アルバイトまで全力で取りくんでいる魔王様の生活スタイルに尊敬の念を浮かべる。
「魔王様……、じゃなくて、牧田さん。部活も一生懸命やっているのに、アルバイトも深夜帯までこなすなんて、凄いですね」
「別に凄くねえ。するしかないからしているだけだ」
魔王様は髪を掻きながら溜息をついていた。学校の教室にいる時よりも明らかに喋りやすい。
ふと、学校でもこのように話せたらいいのにと思う。魔王様が学校で誰かと喋っている場面を喧嘩以外で見た覚えがなかった。誰かに喧嘩を吹っ掛けられている場面が多く、逃げも隠れもせず、正面から喧嘩を買っている魔王様。と言うのはマキオの解説で知ったこと。
ヒトシは魔王様と出会ってまだ二日目。それなのに、どこか他人な気がしない。
青色の瞳は日の光が弱い夜でもよく輝いていた。眠いのか、三白眼気味に瞼が垂れさがりイライラが募っているのがよくわかる。
「牧田さん、僕と友達になりませんか?」
「は? ぜってーやだ。死んでもお前とだけは友達にならねえ」
「えぇ、僕、すでに嫌われているんですか」
「私はお前を見た時から生理的に受け付けなかった。大金を積まれても、お前とだけは寝ない。どうせ寝るなら、まだゴリラの方がましだ」
ヒトシは自分の嫌われ具合を理解した。ここまで嫌われた経験はおそらく初めてで、友達になれる確率は極めて低いと悟る。ただ、それでも、ここまで友達になりたいと思う相手も珍しく、久しぶりにこみ上げてくるわくわく感があった。
乗り越えるのが険しい壁が立ちはだかると燃える性格のヒトシは今日は潔く身を引いた。昨日と同じようにコンビニで貰ったお礼の気持ちを魔王様に渡し、帰路につく。
家に帰った後、母に叱られトワとお風呂に入り、自分の部屋に入って道具の点検。
昨日とほぼ同じ生活だったが、魔王様とどうやって友達になろうかと考えるだけで明日が待ち遠しい。
今まで平和だったヒトシの日常に好感度が最悪の魔王様となぜか初めから好感度マックスの美少女が現れ、平穏が壊された。だが、出会ってたった二日しか経っていないというのに、今までよりも質の濃い時間だったと確信している。
平和や平穏はとても素晴らしい。だが、刺激的な世界で生きて来たヒトシにとって何もかも温かった。生活にもっと刺激が欲しいと求めてしまっていると気づき、魔王様と友達になると決めた。
魔王様と友達になれば、毎日が刺激に溢れる。前世の魔王は世界を征服しようとしていた。地球の日本と言う国の東京にある高校に通う魔王様と、スケールは小さいが彼女からひしひしと伝わってくる刺激は温い生活とかけ離れていると第六感で悟る。
股間を蹴られた時、躱せなかった。二度も蹴られ、生殖機能を失ったかと思うほどの激痛を経験した。だが、自分にクリティカルヒットを与えてくる存在が、近くにいるとわかると妙に嬉しかった。自分でも自分の感情が理解できず、魔王様についてもっと深く知りたいと思っている。
珍しく学校に行くのが楽しみになっていた。
☆☆☆☆
「死ね、消えろ、じゃま、ゴミ、屑、雑魚、糞、カス、ボケ……」
学校の教室でヒトシが魔王様に話しかけると帰ってくる言葉が、どれもこれも鮮烈だった。生理的に無理と言われている相手と友達になるのはハードルが高いと思い知らされる。
そもそも、魔王様の周りに友達と呼べる相手がいなかった。どうやら、全員生理的に受け付けない認定されているらしい。学校にいる間、ずーーーーっと一人で行動している。
誰かを虐めたりしているわけではなく、誰かにいじめられているわけでもない。一匹オオカミのように校舎の中を移動している。授業態度は良くも悪くままく、居眠りしている時間が多い。ときおり、チャラそうな男子から話しかけられ喧嘩の流れになるが、魔王様の拳や蹴りが常人のそれではなく、格闘技の経験がある者の攻撃。
暴力行為は学校内でもちろん違反だが、男が女に負けるという結構恥ずかしい事態であり、負けた男たちは誰も先生にチクったりしなかった。
「あなた、良い瞳してますね! 演劇部に入りませんか!」
ユウは廊下で魔王様の姿を見つけると、すぐに部活の勧誘に入った。だれかれ構わず勧誘しているわけではなく、自分が本当に良いと思った相手を勧誘している模様。ただ、当然のように断られている。
「むぅー、良いと思う人ほど勧誘に乗ってくれませんねー。絶対上手いと思うんですけど」
「出会ってすぐに勧誘できる精神力がすごいね……」
「そりゃあ、出来る限り早く行動した方が、何事も上手くいきますからね」
ユウは無い胸を張りながら、いつも通り笑っていた。
「にしても、ヒトシ先輩、あの人の背後をストーカーみたいに追って何をしているんですか?」
「なんでと言われても、ただたんに友達になりたいからだよ」
「友達……、ヒトシ先輩、変わった趣味してますね。ギャルの友達が欲しいだなんて」
ユウは目を細め、胸に手を当てながらヒトシを睨む。男がどういうところに惚れるのか何となく知っているため、ヒトシもあの巨乳に目を奪われているのかと察した。
「うーん、僕も自分で珍しいなって思うよ。でも、友達になってみたいと思ったのは本心だから、友達になるためにどうすればいいか探ってるんだ」
「そうですか。なら、友達作りの天才であるこの私が力を貸してあげます! そのかわり、演劇部に体験に来てください!」
ユウは両手を広げ、おのれの存在をありったけ主張しながらヒトシに提案する。
「ま、まあ……、体験程度なら」
「決まりですね! じゃあ、早速追いかけましょう!」
ユウはヒトシの手を握り、引っ張りながら廊下を走る。そのまま、廊下を優雅に歩いている魔王様の背中を見つけた。
今は昼休み。魔王様は特に用事もなくただ歩いているだけのように見える。
ユウは階段を降り、下から廊下を突っ走って階段を駆け上がる。丁度、魔王様が階段に差し掛かったところで上手く鉢合わせた。
「あ、奇遇ですね。こんな短時間でまたお会いするなんて、これって、運命以外に考えられません! 私は一年八組の神村優羽と言います、あなたのお名前は何ですか!」
ユウは魔王様の両手を握り、輝く琥珀色の瞳を真っ青な瞳に向け、一切怯むことなく話かける。
そんなグイグイ押し寄せてくるユウに怯んだ魔王様は一歩たじろぎ、
「に、二年八組、ま、牧田真央……」
「真央先輩ですね! なんて、良い名前なんでしょうか! ぜひ、私と友達になってくれませんか! これ、私の連絡先です。何か困ったことがあれば何でも相談してください。真央先輩のためなら、力になりますからっ!」