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一勝一敗

「僕が一本取ったら、これ以上付きまとわないで貰おうか」

「ふっ、望むところですよっ!」


 二回戦が始まり、今度は三分が終了したタイマーの音で戦いを終える。ユウはこけそうになっていたが、ずっとユウと戦っているわけにもいかないとヒトシは言い、周りに戦いたくてうずうずしている剣道バカたちと竹刀を交える。

 負けて快感を覚えるマゾばかり。ヒトシとユウをぶっ倒そうとやっけになる者が九時まで続く稽古の中で途切れることなく続けられた。


「これ、敵のアジトに侵入してボスが出てくる前に敵の幹部と連続で戦ったような感覚です……。普通に疲れましたー」


 結局、ヒトシとユウから一本を取った者は誰もおらず、剣道バカたちの敗北。それでも、多くの者がさらに強くなろうとやっけになる変態ばかり。ヒトシはそういう者達を見ると過去を思い出し、何とも言えない焦燥感にかられる。

 過去は反対側にいたというのに、今は逆の立場になってしまっている。負けるのが好き、強くなるのが好き、強い人と戦うのが好き、そんな性格だからこそ周りが羨ましく見える。


「あいつら化け物だろ、まじで……」


 全国大会常連、一年の夏に全国大会入賞を果たしたコウスケは明らかに他の者と雰囲気が違うヒトシとユウの強者感オーラに当てられ、全身に鳥肌を立たせていた。

 ただの強者感ではない。人がヒグマを見た時のような絶対勝てないだろと言うような明らかな差。その差をひしひしと感じながら、剣道場の大きな鏡に映る自分の顔が盛大に笑っている姿を見て、さらに強くなれると確信していた。


 ヒトシとユウは午後九時過ぎに剣道場を後にした。両者共に、久しぶりに本気で剣を振るっていたと会話が弾む。


「なんで、あそこに僕が通っているってわかったの?」

「企業秘密です」

「知られて不味いことでもあると……」

「んー、ヒトシ先輩の背後を尾行していたってことくらいですかね」


 ユウは企業でもなければ、秘密にする気もさらさらなさそうだった。単なる言ってみたさ。

 二日前に会ったばかりだというのに、ヒトシはユウと自分でも驚くほど会話が続いている。まるで、何年も一緒にいたような、変な感覚だった。知り合って間もない相手にこんな気持ちを抱くなど、初めての経験。


「僕って、ユウとどこかで会っている? ユウの雰囲気が変わっていて気づいてないとか」

「なんですかー、ヒトシ先輩、そう言うシチュエーションに憧れているんですか? でも、残念ながら、私は入学式でヒトシ先輩に会ったのが初めてですよ」

「やっぱり。にしても、なんか……、近くない?」


 ユウはヒトシの右腕にむぎゅっと抱き着きながら歩いていた。付き合いたての恋人同士でも、この距離感は近すぎる。


「えー、そうですか? 別にいいじゃないですか、私とヒトシ先輩の仲なんですからー。可愛い女の子をエスコートするのも男性の仕事ですよ」

「剣道を本気でやっている男たちをバッタバッタとなぎ倒せるユウさんなら、ボディーガードも必要無い気がするんだけど……」

「それとこれとは別なんですー。乙女は皆、守ってもらいたい者なんですよー」


 ユウはヒトシの腕を振り回しながら、子供のようにだだをこねていた。

 面倒臭い後輩だなと思いながらも、ヒトシはユウの家の車があるという駐車場まで移動。止まっていたのはリムジンだった。都会でもリムジンなんて中々見ないが、実際に乗っている人はいるんだなと他人行儀。


「じゃあ、ヒトシ先輩、また明日、河川敷で会いましょう。ラブラブキューンっ!」


 ユウはアイドルのように片足を上げ、満面の笑みのまま手でハートを作り打ち込んでくる。

 ユウの周りだけ光っているようなオーラが見え、後光が差しているかのようだった。


「ラブラブキューン」


 ヒトシもユウに合わせ、手でハートを作り、ユウに返す。

 その時、ユウは鼻血を吹きながら吹っ飛んだ。殴られたわけでも、蹴られたわけでもなく、ヒトシの尊さに打ち抜かれていた。勝負の勝敗は一度も付かなかったが、全く関係のない所で一勝一敗の勝ち負けが付いた。

 執事のような男性が倒れているユウを抱き起してリムジンの中に放り投げると、ヒトシに一礼してから運転席に移動。慣れた手つきでリムジンを運転し、闇夜に消えていった。


「なんだったんだろうか……。まあ、気にする必要もないか」


 ヒトシは昨晩と同じ道で家まで帰る。その途中、昨日に万引き犯がいたコンビニが目に入る。昨日の今日で万引きが起こるわけがないと思いながらも、パトロールのつもりでフラーっと立ち寄る。すると、扉の前に来たとたんに入口が勢いよく開く。目の前から帽子を深く被り、息を荒らげた小太りの男性が駆けだしていた。

 夜中に何を急いでいるのか……。四月で、夜はまだ確かに冷え込むが、厚手の長袖長ズボンを着こむほど寒くない。タバコを一箱だけ買っている様子。だが、歩き方がぎこちない。


「すみません、ちょっとお話良いですか?」


 ヒトシが話かけると、小太りの男性は一瞬、ぴたりと止まり踵を返すことなく走り出した。勢いよく走っている彼の服が異様に上下し、小物がぽろぽろとこぼれ出てきている。

 服の中に大量の商品を入れ込んでいる万引き犯だと思われる。

 そう考えたヒトシは一瞬で追いつくと男の上着を掴む。その瞬間に男が振り返る。どこかに隠し持っていたと思われるダガーナイフが右手に持たれており、牽制するために真横に振り抜いているようだった。

 ヒトシは焦らずダガーナイフを躱し、右手首と襟首をつかむ。荷物はすでにコンビニの前に放置していたので身軽だった。体重百キログラム越えの大男すら余裕で持ち上げるヒトシの体幹の前に男はなすすべなく宙を舞い、背中からコンクリートの地面に叩きつけられ、力なくダガーナイフを離す。すぐさま関節技に移動し、男を完全に捕獲した後、警察を呼ぶ。


 平日、昨日と同じ時間帯、同じ場所、来るのは昨日お世話になった警察官。彼はヒトシを見て、なぜか溜息をついている様子。

 男の体から大量のサプリメントや薬系の商品が確認された。警察官が仕事している間ヒトシは地面に落ちていたコンドームと凄十と言う精力剤を手に取り、何食わぬ顔でコンビニの中に入る。

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