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天才肌

「あ、あのあの、ヒトシさん。今日は柔道教室に来るんですか?」

「今日は行かないけど、明日は行こうかな。メイちゃんは毎日頑張っていて偉いね。このまま頑張ればオリンピックに出られるんじゃないかな」


 ヒトシはメイの頭に手を置き、自然に褒めていた。まんざらでもなさそうな表情を浮かべているメイはモジモジと指先のテーピングを弄り、耳を赤くしている。

 その様子を背後から見ていたマキオの殺意の視線はいつも慣れない。


「きょうだいなんだから、仲良くしないと駄目だよ」

「うぅ、ゴリラと仲良くなれない。だって、すぐ抱き着いてくるし、お風呂に入ろうとしてくるし、ベッドの中にも潜り込んでくるし、私の汗まみれの道着を嗅いでる時もあるし」

「それは……嫌だね。軽蔑しても仕方ないか。まあ、嫌いなままでもいいけど、死ねって言うのは止めた方がいい。わかった?」

「うぅ、はい……」


 メイは小さく頷き、ヒトシの体にムギュっと抱き着く。そのまま、にやりと笑うとヒトシに技をかけ、吹っ飛ばそうとする。だが、腰の重心を落としていたヒトシは倒れず、メイの股の下に腕を通し、肩に担いでしまった。そのままクルクルと回るとメイの女子らしい声が上がる。

 下ろすと平衡感覚を失ったメイがふらついていた。


「ヒトシさんはやっぱり強敵ですー」

「強敵どころか、そいつは化け物だ。女子が勝てるような相手じゃない」


 マキオがメイの肩に手を置き、軽く支えていた。メイもマキオの体にもたれ、身を安定させている。何だかんだ言って仲が良い二人。自分が来なくても問題なかったとヒトシは思いながらも玄関でお暇した。


 現在の時刻は午後六時四五分。普通に遅い。家に帰ったら午後七時は過ぎるだろう。料理を作ったあと、すぐに習い事に行って間に合うかどうか。

 徒歩移動を諦め、電車で移動。十分程度で最寄り駅に下りる。五分と経たず実家に到着し、扉を開けるとトワが頬を膨らませながら玄関で立っている光景に出くわす。


「お兄ちゃん、遅い。お腹空いた!」

「ごめんごめん、すぐに作るから。たまにはトワが作ってくれてもいいんだよ」

「家が爆発しちゃうけどいいの?」


 トワはさも当然のように首を傾げる。うちで使っているのはガスコンロではなくIHだから、爆発する心配などない。けれど、トワが言うと現実味があるので、ヒトシが料理を作った。時間はないが昨日に作ったカレーが残っているので温め直し、和風だしと水、シメジやお揚げ、長ネギなどを刻んで冷凍うどんと共に煮込む。十五分もしないうちにカレーうどんが完成した。

 器に移し替え、トワと共にカレーうどんをいただく。食材を冷やしてくれる冷蔵庫や火を出さなくても過熱調理ができるIHに感謝しながら、温かい場所で健康的な妹と共に夕食が取れるありがたみをひしひしと感じる。


「はぁー、お兄ちゃんの彼女は良いなー。絶対、幸せになれるじゃん。私がなりたい!」

「僕に彼女が出来る予定はないけどね。でも、トワは一生僕の妹だよ」

「うわーん、お兄ちゃんに振られた。悲しいような、嬉しいような、複雑な気持ちー」


 カレーうどんを食べ終えたヒトシは昨日と同じように剣道の練習に向かう。


 剣道場にやってくると、竹刀がぶつかり合う激しい音が聞こえてくる。すでに乱取り稽古でもしているのかと思っていたが、そうではなく、一人の小さな子が男子をなぎ倒している姿があった。

 竹刀の使い方が、普通ではない小さな子がコウスケに一本取った後、一礼しヒトシの前にやってくる。腰に巻かれている前掛けに書かれた神村の文字。


「ヒトシ先輩、私、怒っているんですからね。可愛い可愛い女の子を一人体育館に残して逃げるなんて、童貞の所業ですよ」

「童貞だからね」

「へぇー、私も処……んんっ。お互い様ですね。ま、そんな話は置いておいて、演劇部に入る気になりましたか?」


 毎度同じ質問が飛んでくる。ヒトシの返す言葉は同じ。入らない。演劇なんて才能以外の何ものでもない。経験はないが、自分に演劇の才能があると微塵も思えなかった。


「はぁー、じゃあ、私が一本取ったら演劇部に入ってくださいね!」


 ユウはヒトシに竹刀を向ける。まだ準備運動すらしていないが、ヒトシは防具を身に着けた後、ユウの勝負を受けた。激しい打ち合いで、気を抜けば一瞬で切り裂かれる。ひりついた空気が剣道場の中に満ちていた。多くの者がユウとヒトシの試合を見守り、目を奪われる。

 いつの間にか、両者の持っている竹刀が本物の日本刀に見えてくる。ユウとヒトシがいる正方形に区切られた中だけ、戦国の空気だった。急所に一撃入れられれば命が取られる痺れる空気が、互いの潜在能力を極限まで引き出す。

 ユウが前に出した足をヒトシが掬い上げた。バランスを崩したユウはすぐに受け身を取り、ヒトシの追撃を堪える。

 結局、一時間以上経っても互いに一本が入らず、引き分けになった。


「ヒトシ先輩、本当に強いですねー。私の攻撃をこんなに捌かれたの、初めてですー。上には上がいるって本当なんだー。あぁー、もう、パンツまで汗びっしょりで最悪ですー」


 ユウは面を取り、剣道場の角で座り込んでいた。

 ヒトシも面を取り、ペットボトルの水を差し出す。


「なんだー、飲みかけのペットボトルじゃないんですね」


 ユウはキャップを取ると、豪快に飲み進める。一時間以上も集中した状態で戦っていたのだから、大量の汗を掻いて当然。真っ白だった肌が高揚した時のように赤くなっており、きめ細かい肌がよく映えている。

 ヒトシは別のペットボトルの水を飲み、ユウの実力の高さを再度思い知った。手を抜いた時は一度も無く、入ると思った一撃も確実に回避又はさばかれた。


「ヒトシ先輩、剣道、サボっていますね」

「…………サボっているつもりはないけどね」


 毎週二回、剣道教室に通い腕が落ちないように練習している。だが、昔以上に強くなろうとしていない。打算的な練習だ。今以上に強くなっても意味が無いと思っていた。


「私は完全にサボっていましたね。練習しなくても負ける相手はいないって本気で思っていました。こう見えて天才児ですから」


 ユウはダブルピースしながら満面の笑み。あざとい表情で、自分のことが世界で一番可愛いと思って疑いのない笑顔。そこまで来ると、逆に清々しい。


「才能って磨けば磨くだけ輝くじゃないですか。でも簡単にできるとつまらないですよね」


 ユウの発言にヒトシは視線を反らしながら、軽く頷く。思い当たる点しかない。


「私、運動神経が超良くて、頭が超良くて、顔が超良い凄い女の子なんですよ。こんな人生つまんねーって思っていたら、私よりキラキラ輝いているアイドルがいて、悔しいって思ったんですよ。アイドルくらい簡単になれらーって考えていたら、ぜんぜん簡単じゃなくてー」


 ユウはペラペラと自分の気持ちを口から垂れ流していた。彼女は自分の気持ちに蓋をするのが苦手らしい。口に栓しないと永遠にしゃべり続けそうなくらいペラペラと言い続けている。

 喋るのがたいして得意じゃないヒトシはユウの面を持って彼女に被せた。そのまま、自分も面を被り、後頭部でしっかりと紐で固定する。竹刀を左腰に当てて一礼してから練習を再開。ユウの方を向いて竹刀を構える。


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