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天命を全うした

「バカ……、なんで、どうして……」


 勇者ウィンディは魔王の脈打つ心臓を聖剣で突き刺し、視界が赤く染まり景色が霞むほど命からがら倒した。同じ孤児院で育った幼馴染もろとも。


「気にしないで、ウィンディの判断は正しい。僕は君を守りたかった。だから本望だよ」


 魔王を抱きしめるように倒れ込んでいる村人の青年は勇者が孤児院を出た後、十年近く修行し、魔王との戦闘中に駆け付けた。

 死闘の末、魔王の攻撃が勇者に飛んだ時、自らの体で攻撃を防ぎ、腹に腕が食い込みながらも魔王を捕まえ、勇者に己の体ごと魔王を貫かせた。


 鼓動が起こるたびに村人の口や抉れた体から血が流れだし、死期を悟る。

 今にも死にそうだと言うのに、友を安心させるべく笑っていた。血のにじむような鍛錬の日々が走馬灯となって脳裏を駆けていく。次第に瞳孔が開き、真っ直ぐな瞳から光が消えた。


 勇者と共に戦っていた賢者、聖女、剣聖たちにとって友の死は魔王を倒した事実よりもはっきりとした現実として叩きつけられ、泣き崩れる。

 それと同時、魔王の死と共に豪華絢爛だったが、三日三晩に及ぶ戦闘によって崩壊寸前になっていた魔王城が形を保てなくなっていた。


 勇者は村人の死体を持ち帰りたかったが、そのような体力は無く、魔王と共に置き去りにせざるを得なかった。友と共に己も死ぬと言い始め、精神が壊れかけていた勇者を仲間達が無理やり引き連れ、生還する。


「お、おのれ……、き、きさま……、放せっ!」


 魔王城が崩れていく中、魔王は聖剣で心臓を貫かれても生きていた。だが、村人は死してなお魔王を逃がすまいと魔王の体を力強く抱きしめていた。

 天井が迫る中、魔王は村人に抱き着かれながら拘束された際、耳元で言われた言葉を思い出す。


『一人で死ぬのは嫌だろ。だから、僕がいっしょに死んでやる……』


 その言葉通り、魔王は村人もろとも天井に完全に潰され、命を落とした。


 ☆☆☆☆


「う、うぅん……」

「えっとー、村人……、じゃなくてヒトリ君、おはようございまーす」


 村人、またの名をヒトリは上半身を起こし、辺りを見渡した。靄の中にいるような雰囲気で、綺麗な女性が目の前に。

 信仰していた精霊教の女神像とそっくりな女性がいた。綺麗な白いドレスに身を包み、まさしく女神と言っても差し支えないほど美しい。


「ヒトリ君、あなたは天命を全うし、勇者を助け一六歳で死にました」

「そうですか……。僕はウィンディを守れたんですね。よかった」


 ヒトリは十年数前、勇者が勇者たる天命を受けた頃、同じく天命を受けていた。『勇者の危機を救うのはあなただ』と。

 そのためにヒトリは国が不況の中で泥水を啜り死に物狂いで体を鍛え、血の味を噛み締めながら勇者を助けるためだけに強くなった。

 強くなる以外のことは全て切り捨て、幼馴染の勇者ウィンディを助けるためだけに一生をささげた。


「天命を全うした至高なる魂は次なる生活の安泰を約束されています。そのため、ヒトリ君に他の世界に転生してもらおうと考えています」

「転生……。生まれ変わると言うことですか」

「はい。ヒトリ君は天命を達成しました。加えて魔王も倒しました。実に素晴らしい」


 女神は他人事のように大きく拍手し、ヒトリを褒め称える。


「そんなヒトリ君に転生してもらう世界は地球と言います」

「チ、チキュウ? 元の世界に転生するわけじゃないんですか?」

「同じ世界に転生するのを願いますか? 地球の方が安全で住みやすいですけれど」


 安全で住みやすいと言う女神の言葉を聞き、ヒトリの心が揺らぐ。もう、常に死と隣り合わせはこりごりだった。

 魔物が襲ってくれば村は消え、ドラゴンが現れれば街や国が消える。同じ世界に生まれ変わったとして、自分に親もいなければ恋人もおらず、死に別れしたウィンディと会えるかもわからない、会っても恥ずかしくなるだけだろう。そう思ったヒトリは決めた。


「わかりました。女神様にしたがいます」

「よろしい。では、今から国ガチャと能力値(ステータス)ガチャを引いてもらいますね」

「……ガチャ?」


 ヒトリは聞き慣れない言葉に困惑し、女神はよくわからない箱を七つ取り出す。


「適当な国に振り分けても良いんですが、地球と言えど、どこでも安全と言う訳ではありません。ですが、二つの偉業を達成してくれたヒトリ君にSSR確定コインをあげます」


 女神は胡散臭い商人のように満面に笑みを浮かべ、大きな胸の間から虹色に輝く硬貨を取り出した。そのまま、ヒトリに手渡す。


「国ガチャとステータスガチャ六種類の内一枚、確実にSSRが当たります。国ガチャでSSRを引けば私の世界を知っているヒトリ君なら余裕で生き残れるでしょう」


 女神はヒトリに国ガチャの詳細を話した。地球にある国の数は二○○近くありSSRは先進国と呼ばれる場所に振り分けられていると言う。


「じゃあ、コインを投入口に入れてハンドルを回してください」


 女神に言われる通り、ヒトリは虹色に光る硬貨を丁度入る投入口に入れ込み手の平程度のハンドルを握って捻る。すると赤と白が特徴の旗が書かれた球が現れた。


「あら、日本……。大当たりね。おめでとうございまーす!」


 女神はよく響くベルを鳴らし、誰もいない空間を一人で盛り上げていた。


「じゃあ、後は六回ステータスガチャを引いてもらいましょうか」


 六個の箱が並んでいる場所に移動した女神はヒトリに五枚の普通の硬貨を差し出す。その後、ステータスの種類についてヒトリに伝えた。

 ステータスのランクはF、E、D、C、B、A、SR、SSR、URまである。内容は『家柄』『家庭環境』『容姿』『身体能力』『知力』『幸運』の六種類。


「女神からの助言としてSSRコインを使うなら『家庭環境』をお勧めするわ」

「『家庭環境』ですか……」


 ヒトリは孤児院で育ったため、家族に多少なりとも憧れがあった。他の部分でSSRの硬貨を使うのも魅力的だったが、女神の言葉を信じて来た手前、再度、女神を信じ『家庭環境』にSSRの硬貨を使った。


 ヒトリのステータスガチャの結果。

『家柄:C』

『家庭環境:SSR』

『容姿:B』

『身体能力:UR』

『知力:B』

『幸運:SR』


「あらまぁ、結構な神引きね」

「そうなんですか?」

「ええ、これなら何も心配いらわないわ。じゃあ、ヒトリ君。人生、楽しんできてねー。いってらっしゃ~い!」


 ずっと笑っていた女神はヒトリに手を振った。その瞬間、ヒトリが立っていた足下が抜け、真っ逆さまに落ちていく。なにが起こっているのか理解できないヒトリだったが、すぐに意識を失い、赤子の状態で意識を取り戻し……、


 村人の第二の人生が始まった。


 ☆☆☆☆


 東京の国立高校、二年八組、国立校ながら整備の行き届いている綺麗な教室の左後方、特に光り輝く容姿ではない黒髪の男子生徒が立ち上がる。


「えっと、村坂飛聡(むらさか・ひとし)です。帰宅部です。よろしくお願いします」


 大した自己紹介もしないままヒトシは椅子に座った。


 ――地球に転生して一六年。えっ? もう、一六年も経ったのか? いや、早いな。人生ってこんなに早く流れるものだったっけ?


 ヒトシは地球に転生し、時の流れの速さに驚かされていた。時間の流れは前の世界と全く同じなのかと疑問に思う。

 だが、体感の日の長さ、日にちの数、二十四時間と言う区分、ほぼ同じ。つまり、時間も同じ。それなのに前世と感じる時間の長さの差に驚きを隠せない。


 日本人は子供のころから働く必要が無く、九割九分に親がいて、勉強していれば一切叱られない。

 ゲーム、アニメ、漫画、テレビ、映画、その他もろもろ娯楽だらけで、暇な時間は一切無く、充実した日々を送って来たはずだった。だが、ヒトシは今、今世紀最大に悩んでいる。


 ――僕はこの地球で何したらいいんだろう?


 天命のまま生きて来たヒトシは自由過ぎる地球での生活に困っていた。あまりにも自由。東京に魔物は攻めてこず、魔王軍との戦いもなく、時間をひたすら浪費する娯楽にあふれた世界。当然、ヒトシも沢山遊び、沢山学び、好きなように生きて来た。

 ただ、一六年もそうしていればさすがに飽きる。

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