第7章「沈黙の理由、明かされる過去」
放課後。
太鼓の練習室を出た空斗は、心のどこかにたまった霞を拭うように、歩く足を止めた。
(…やっぱ、おかしいよ。あのマフラー、あの表情。それに悠歌。あいつ、何か知ってる顔してた…。)
階段の踊り場。
一人考え込む空斗に、穏やかな声がかけられた。
「…随分と難しい顔だね、犬童くん。」
「…!あ、翔和先輩……。」
第一管弦隊・クラリネット奏士、水城翔和。
音の精密さと包容力で知られるその演奏は、多くの隊員から尊敬を集めていた。
そして、空斗にとっては”話ができる”数少ない年上の先輩でもあった。
「ちょっとだけ、話してもいいですか。」
翔和は頷き、二人は人気のないテラスへと移動した。
春の風が、静かに吹き抜ける。
空斗はしばらく沈黙した後、ぽつりと切り出す。
「涙…なんであんなに変わっちまったんですか。春なのに、ずっとマフラー巻いて、声も出さなくて…。俺の知ってる涙じゃない。」
翔和の目が静かに細められる。
「……知る覚悟があるかい?」
その言葉に、空斗はぐっと唇を噛んだ。
胸の奥がぎゅう、と締めつけられる。
「……あります。俺は、あいつと—―涙とちゃんと向き合いたいんです。」
翔和は深く息を吸って、空を見上げた。
少しの間を置いて、静かに語り始める。
「……嵐のギターが、暴走した。訓練中だったんだ。悠歌くんが新しい技を見ていた時、制御しきれなかった音波が飛んで……。」
「……っ」
「涙ちゃんは、とっさに悠歌くんを庇った。そのせいで、首に深い裂傷を負ったんだ。声帯近くまで傷ついて、今はまだ……声が出せない。」
風の音すら止んだかのような静寂が、二人を包む。
「…噓、だろ……。」
空斗の拳が、膝の上で震えていた。
「それだけじゃない。涙ちゃんのマフラーは、実は嵐くんと悠歌くんが、彼女を想って選んだ特注品だ。簡単には破れない生地で、あの日をなかったことにはできないけど…それでも、彼女の力になりたいと願って。」
翔和の言葉が、空斗の心にじわりと染み込んでいく。
自分が知らないところで、
自分が怒っていた間に、
大切な人は、こんなにも深く傷ついていた。
「…涙に、何も聞けなかった。聞こうとしなかった。…怖かったんだ。あいつがもう、前みたいに戻れないんじゃないかって……。」
「変わることは、悪いことじゃない。でも変わったまま、誰にも受け入れられなければ—―その痛みは、どこに置けばいい?」
翔和の声は、まるで音色のように、空斗の心の奥を震わせた。
「…君が、その”居場所”になってあげてほしい。彼女が変わってしまったことも、守ろうとしたことも…知ってあげて。」
空斗は深く、息を吐いた。
そして、真っ直ぐに頷いた。
「……ありがとう、翔和先輩。」
この瞬間、空斗の中で確かな音が鳴った。
悔しさでも、後悔でもなく—―もう一度向き合うための、決意の音だった。