表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/18

第17章「覚醒するもの」

森の奥。血と風の匂いが混ざる中、霧が地面を這っていた。


倒れた悠歌の身体を庇い、涙は震える指でマレットを握り直す。


森を囲むように現れた15人の鏡水家の部隊。

その誰もが、涙の命を奪うことに迷いはなかった。


「——ったく、こんなガキに振り回されるとはな。」


一人の男が舌打ちし、サックスのベルをこちらに向けた。炎玉の気配が空気を灼く。


だが、涙は下がらなかった。瞳に浮かぶのは、悠歌の血に濡れた顔。


(守らなきゃ—―私が。)


涙は喉を震わせるが、声にならない。まだ完全には戻っていない声。


その代わりに、全身の力を込めてマレットを振るう。マリンバの音が森に響き渡る。温もりを帯びた一撃。だが、多勢に無勢。


背後からの攻撃を避けきれず、涙の身体が宙を舞った。地に叩きつけられた時、首元のロングマフラーが裂け、あの傷跡が露わになる。


「……ッぐぅ…!」


血が首を伝い、胸元を濡らす。目の前がぼやけていく。マレットが手から転がり落ちる。


「…ぅ……ゆ…か……。」


それでも、声にならぬ声で悠歌の名を呼ぶ。


その時だった。


「——選べ、人間の少女よ。」


どこからともなく、澄んだ声が響いた。森の中心——聖樹の幹が淡く光を放ち、幻のように現れたのは、銀白の衣を纏った女王。妖精の頂に立つもの。


「その命、妖精の力に換えるならば、お前に奇跡を与えよう。少年も助けられよう—―。」


涙の瞳が、微かに揺れる。


「…人間…捨て…たら、悠歌……助け…られる……?」


女王は頷いた。


涙は、ほんの一瞬だけ迷った。

(もし、もう一度、悠歌を守れるなら—―。)


震える手で、マフラーの端に触れた。雪月花の紋章が、指先の血に染まる。


「……力を…ください―――。」


次の瞬間、光が彼女を包んだ。


破けたマフラーが風に舞い、裂け目から星々の光が零れる。


涙の髪がふわりと揺れ、瞳に淡い輝きが宿る。


彼女の背後から、淡い羽のような光が広がった。


妖精の力を得た涙は、再びマレットを握った。


「——この子は、渡さない!!」


その一声は、森を裂くように響いた。


周囲の空気が震える。マリンバの幻影が宙に浮かび、涙の周囲を巡る。


マレットが振り下ろされるたび、癒しと破壊の力が敵を薙ぎ払っていく。


教学と恐怖に包まれた鏡水家の部隊は、次々と倒れていった。


そして静粛が戻ったとき—―。


涙は、膝をついた。


「——悠歌…っ……。」


彼の元に這うように近づき、優しく手を重ねる。白い光が掌から溢れ、彼の傷を癒していく。


「お願い…生きて……。」


しかし、その光の代償は大きかった。


全てを癒し終えた後、涙の意識がふっと途切れた。


身体がゆっくり倒れこみ、マリンバの幻影も霧のように消えていった。


風が静かに、二人の身体を撫でていく。


森の聖樹だけが、妖精となった少女の姿を静かに見守っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ