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第16章「断章のセレナーデ」

月が雲に覆われ、静けさに包まれた夜。雪月花の敷地内にある森は、一際冷え込んでいた。その深奥で、激しい戦闘の余韻が木々を揺らしている。


「…っ、はる、か、だいじょうぶ……!?」


息を切らしながら、霜野涙は仲間の少年に駆け寄る。黒い土の上に横たわる悠歌の身体は、地に濡れ、白い制服が泥と赤に染まっていた。


「ごめ…ん、涙ちゃん……僕、やっぱり…戦い、苦手だな…。」


顔をしかめながら、それでも微かに笑おうとする悠歌。涙はその表情に胸を締めつけられる。彼の使用していたフルートは、地面に転がっていた。


先頭直前までは、涙と悠歌は雪月花の研究区域にいた。そこへ突如として鏡水家の幹部、そして部下たちが襲撃してきた。侵入者の数、およそ二十。先頭に立っていたのは、鏡水家の幹部・赤石紅と鏡水真李奈。


そして、その案内役としていたのが—―雪月花に加入したばかりの少女、ピァ。


「まさか…あの子が……。」


衝撃と共に涙が呟いた時、爆発音が辺りを裂いた。気が付けば彼女と悠歌は、森の一角に追い込まれていた。


—―残されたのは、鏡水家の部下たち十五名。


悠歌が傷つきながらも守ろうとしたのは、まさに今、彼の目の前にいる涙だった。


「…だめ……。」


涙はかすれた声で呟く。完全に戻っていない喉。それでも悠歌を助けたい一心で、彼女は楽器——淡く光るマリンバの鍵盤を召喚し構えた。


全身に力が入らず、意識が遠のく中。再び襲い掛かる敵の刃を、彼女は咄嗟に防ぎ、そしてマフラーが破れた。


—―露わになる、首の横一文字の傷。


血が滲みだす。


「…ぁ…っ……!」


声にならない悲鳴。


その時だった。木々の間に、淡く輝く光が差し込んできた。それは森の奥、古くから祀られていた聖樹。その根元に現れたのは、透き通る羽をもつ、小柄な存在。


「人間を捨てれば、力を与えましょう。貴方と、あなたの大切な人を救う力を—―。」


それは、妖精の女王だった。


涙は迷わなかった。悠歌を助けるために、彼を失いたくない一心で、心の中で強く肯定する。


「…おねがい……っ。」


力が身体に満ちていく感覚。肌が淡く輝き、髪が揺れ、声なき風が吹き抜けた。


次の瞬間、涙はまるで違う存在になったいた。


空を舞い、音を響かせ、次々と敵を打ち倒していく。その姿に敵兵たちは恐れ慄き、ある者は逃げ、ある者は動けずに倒れた。


—―そして、戦闘が終わった。


涙はフルートを拾い、重症の悠歌に手を差し伸べた。


「…もう、だいじょうぶ……。」


その言葉と同時に、淡い光が彼の身体を包み、傷を癒していく。


「涙ちゃん…すごい……。」


ようやく目を開いた悠歌が呟いた。


しかし、癒しの力を行使し終えた直後、涙の足元がふらつく。


「…っ……。」


妖精化の代償——彼女はそのまま意識を失い、地に崩れ落ちた。



――――――――



その後。


雪月花上層部は、現状を深刻に受け止めた。

能力の暴走と鏡水家の侵入、そして共鳴の力を持つ少年・悠歌の身柄の危険性。


「今、この世界に彼を留めておくことはできない—―。」


迅速に異世界へのゲートが確立され、元の世界に返すための準備が整えられた。


その日。


森の端で、悠歌と嵐は二人きりで立っていた。


「本当に帰るのか、悠歌。」

「…うん。涙ちゃんに助けられたけど…あのまま、また狙われたら……。」


言葉に詰まる悠歌。


「嵐、僕の分まで、涙ちゃんのこと守ってくれない?」


静かな声。嵐は黙って頷き、彼の頭をくしゃりと撫でる。


「言われなくとも、そうするさ。」


(なみだ)を浮かべそうになりながら、悠歌は微笑んだ。


—―別れはあっけなく。


けれど、想いは確かにそこにあった。


悠歌は、涙のフルートを抱いて。再び開いたゲートの向こうへと帰って行った。

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