第14章
雪月花本部・地下 指揮会議室。
厚い扉の奥、音を吸い込むように静まり返る指揮会議室。
深い藍色の壁には雪月花の紋章——”雪片に咲く三輪の花”が刻まれていた。
円卓を囲むのは、雪月花の最高指揮者と、《コンサートマスター》四十物くれあ、特任奏士である嵐と涙、そして幹部たち。
報告された内容は、鏡水柚葵から密かに届けられた機密情報——鏡水家が本格的に悠歌を狙い始めたというものだった。
「…悠歌くんには、まだこの件を知らせるつもりはない。混乱させるだけだ。」
静かにマエストロが言うと、嵐が唇を噛み、前のめりに口を開く。
「じゃあ、俺と涙で護衛につく。本人には悟らせない。…それが一番いいと思う。」
涙は頷く。声は出せないが、その瞳には強い意志が宿っていた。
「悠歌の生活圏は、学園と訓練棟、寮の範囲。そこに警戒を集中させよう。」
くれあがすっと指揮棒を指でなぞり、配置案を示す。
「護衛に関しては、お前たち二人以外にも影として数名配置する。ただし、彼に気づかれては本末転倒。…くれぐれも”日常”は壊すな。」
「了解。」
—―大切なものを、守る。
それが、雪月花の特任奏士である証明だった。
――――
その夜、鏡水邸。
柚葵はふと、肌に冷たい視線を感じた。
「…何か、聞きたいことでも?」
振り返ると、そこには陽良が立っていた。
茶色の瞳は珍しく真っ直ぐに、彼女を見据えている。
「お前、最近動きが多すぎる。”会議”に妙に詳しい。お嬢の命か?」
「まさか。私はただ、家に従っているだけよ?」
柚葵はいつも通り、微笑んでみせた。
だが—―陽良の視線は揺れない。
「お嬢に報告させてもらう。」
「…っ!」
その言葉を聞いた瞬間、柚葵の身体が僅かに震えた。
笑みが崩れそうになるのを、必死に抑える。
「ごめんなさい、陽良くん。」
静かに告げると、彼女は次の瞬間、足を翻し、奥の回廊へと駆け出した。
あまりの素早さに、陽良の反応が一瞬遅れる。
「待て、柚葵——!」
警報が鳴り響くよりも早く、柚葵の姿は本邸の裏門へと消えた。
—―情報を裏切るのではなく、守るために。
彼女はこの家を、ついに抜けたのだ。
―――――
深夜。
警備塔で待機していた嵐と涙の元に、緊急連絡が入る。
『南東の森にて、柚葵とみられる人物を保護。衰弱しており、意識は混濁。直ちに搬送。』
その名に、嵐の表情が強張る。
「…あの人、まさか…!」
「…!」
涙は、動揺と同時に、柚葵が何を選んだのかを悟っていた。
どれほど苦しい立場で、それでも悠歌を護るために、裏切ったのか。
—―彼女を助けなきゃいけない。
嵐と涙は急ぎ、医療室へ向かう。
そして柚葵は、雪月花の保護下に置かれることになる。
彼女の選択が、これからどんな波を起こすのか—―
それを知るのは、また少し先の話だった。