第11章「語られぬ世界と、名前を知らぬ痛み」
「……帰りたいわけじゃ、ない。ただ、心配なんだ。僕のいた世界が。」
静かに、けれど震える声で言った悠歌の手を、涙がぎゅっと握った。
マフラーの端が揺れている。
その小さな指先から、冷えた春の夜風のように、不安が伝わってくる。
――――
研究施設で保護された子供たちは、奇妙に同じ特徴を持っていた。
名前を呼ばれると、自分の名前に覚えがない。
代わりに、「別の場所で過ごしていた記憶」を、途切れ途切れに語りだした。
—青い制服を着た学校
—楽器の無い世界
—音の力が存在しない
—夜ごと連れていかれた地下室
その断片は、悠歌の世界とあまりに酷似していた。
———
「…この子たちも、元は”はるか”の世界の子供だった可能性がある。」
コンマス、四十物くれあは淡く微笑んだまま、手にしたタブレットを机の上に置いた。
そこに記された転移時刻、地脈の揺れ、能力波長の変動…
「偶然」の言葉では片付けられない一致が、いくつも並んでいた。
「…なんで、あんなところに……。」
「”誰かが”、異世界のゲートを知っていて、意図的に連れ込んでいる。そう考えるのが自然だ。」
嵐がぎゅっとピックを握った。
「その”誰か”が……。」
「——鏡水家である可能性が高い。上層部はそう見ている。」
―――
保護された子供たちの一人、少女・シエラが、震える声で語った。
「きょうすいって……ヒトがね、”音の出ない子は価値がない”って……。わたしの世界から、つれてこられて、たくさん、たくさん……。」
嗚咽に声が詰まる。
涙がそっと腰をかがめ、シエラの頭を撫でた。
彼女の首元のマフラーが揺れ、そのキラキラした星のような飾りが、灯火のように揺れる。
「怖かったんだね。」
声が出せない涙の代わりに、悠歌が言った。
「大丈夫。僕たちが、守るよ。」
―――
雪月花・本部上層部はこの事実を受けて、以下の三つの決定を下す。
1.異世界のゲートの安定化・再調整を急務とする。
2.鏡水家への調査および、内部に潜む協力者の洗い出し。
3.悠歌と特任奏士三名の行動範囲の拡大許可(事実上の監視含む)
マエストロは、苦渋の表情で三人を見た。
「…すまない。だが、これからは”自分の正義”だけでは立ち向かえない日が来る。」
それでも—―
「それでも、君たちの音が消えないことを、私は信じている。」