第10章「初任務—廃棄研究施設と、音の目覚め—」
「この先に、もう一度だけ確認する。……本当に、やる覚悟はあるか?」
森の道を進みながら、嵐が振り返った。
けれど、その瞳に迷いはない。
答えはわかっていた。
「うん。…行こう、嵐くん。」
静かに、でも確かに返す悠歌。
そしてその後ろで、涙は無言のままマレットを抱え、ふっと前髪をかき上げるように首元のマフラーを指で押さえた。
彼女の目にも、覚悟はあった。
―――
特任奏士に任命された三人の初任務は、地方のとある辺境地での訓練派遣。
表向きは地元の協力要請での簡易任務——だった、はずだった。
ところが、到着初日の夜。
山裾にある小さな湖のほとりで、血まみれで倒れていた子供を涙が発見した。
朽ちかけた研究服の名残。
体のあちこちに移植痕のような手術の痕。
そして、声を出すことすらできない様子の少年。
嵐が咄嗟にジャケットを脱ぎかけて体にかけようとしたとき、少年が震える口で呟いた。
「……にげて…あそこ、に、いたら……だめ」
「どこだ?”あそこ”って。」
「…いけすかない、白い壁…なか、みんな、しんでく……。」
その言葉に、三人の間に、空気が張り詰めた。
―――
翌朝。
本部からの連絡を受けたマエストロとコンマスは、三人に【被験体保護および、研究施設の壊滅許可】を正式に通達。
「敵が何者か、構造は不明。だが—―三人ならやれる。信じてる。」
というマエストロの一言で、任務は始まった。
―――
瓦礫とつたに覆われた、巨大な地下施設。
かつて医療研究所だったはずの建物は、今や血の滲む壁と、破壊されたガラスの山。
その中で、閉じ込められていた複数の被験体——まだ子供たちだった—―が、朦朧とした意識の中で囁いた。
「……音、が…きこえる…。」
その瞬間——
天井を突き破って現れたのは、施設に潜む最後の守護兵器。
操るのは、この研究所の残党。
遺伝子実験で増幅された能力者——かつての奏士の成れの果てだった。
「立ち入りを禁ずる…この地は、”音”の終着点……。」
歪んだチェロの音色と共に、金属のような攻撃が三人に襲い掛かる。
「涙っ、こっち任せろ!!悠歌、前に行くな!!」
「わかってる!涙ちゃん、無事でいて!」
嵐はギターを構え、六弦を切り裂くようにかき鳴らす。
《雷閃・破弦刃!!》
強烈な音波が周囲の金属を削り取り、歪んだ旋律をかき消す。
その一瞬、涙は悠歌の背後へと跳躍。
マフラーを翻し、マリンバの音槌を構える。
氷のような音が響く—―
《撃音・雪解》
床が砕け、反響する音が守護兵器の装甲にヒビを走らせた。
その隙に、悠歌の癒しの旋律が一気に広がる。
《共鳴・醒夢》
周囲にとらわれていた子供たちの意識が戻り、身体から力が抜ける。
……それと同時に、涙と悠歌の音が重なる。
涙の手がマリンバを一度、強く打ち付けると、マフラーの先端から微細な光がこぼれた。
「……終わらせよう。」
嵐が最後のコードを弾いた瞬間。
三人の音が交わり—―
施設内に響き渡ったのは、祈りのような終止符の音。
兵器は静かに崩れ落ち、歪んだ音が止まった。
―――
その日、三人は初めて、「守るために戦った音」を奏でた。
子供たちは保護され、施設は封鎖。
帰還した三人は、城の中庭で夕焼けを見ながら、無言で肩を並べていた。
「…俺、怖かったよ。でも、二人がいたから、音が止まらなかった。」
「僕も。…これからも、三人で。」
涙もこくりと頷いた。
手を重ね、そっと誓いを立てる。
それは、小さな奏士たちの、初めての”共鳴”だった。