第九話:「消えた注文と青い空」
この数週間、同じ場所からの注文が何度も入っていた。
商品はいつも決まっていた――
レモンティーと、照り焼きチキンサンド。
そして、備考欄には毎回、少しずつ違う短いメッセージが書かれていた。
「前回と同じ方なら、また届けてくれてありがとうございます」
「今日は晴れてますね。気をつけてくださいね」
「いつか“ありがとう”をちゃんと伝えられますように」
神原ユウトは、その注文に何度か当たっていた。
ウーバーでは、誰が届けるかは完全ランダム。
でもなぜか、自分が数回続けてその部屋を担当している。
偶然なのか、それとも――
(……いや、たぶん偶然だ。けどさ)
玄関先での受け取りは、いつも静かだった。
あるときは女性の声で「ありがとうございます」とだけ。
あるときは無言のまま、袋を受け取ってすぐドアが閉まった。
それでも、毎回メモは書かれていた。
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そして今日もまた、その住所から注文が届いた。
(また俺が行くことになるとは……)
照り焼きチキンサンド。レモンティー。
備考欄には、こう書かれていた。
「最近、少し調子が悪くて、もしかしたら出られないかもしれません。
でも、来てくれた方が優しい方なら、
袋だけでも丁寧に置いてくれたらうれしいです。
勝手でごめんなさい。」
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到着して、インターホンを押す。
……応答はない。
もう一度押す。でも反応はない。
(そうか……)
ユウトは、いつもより少しだけ丁寧に袋を整えて、
風に飛ばされないように小さな石で端を押さえた。
そして、スマホで完了ボタンを押した。
それだけだった。
でも、ふと――
空を見上げた。
今日は晴れていた。
ものすごく、澄んだ青空だった。
(伝わったかはわからない。
でも、たぶん、こういう“祈り”ってさ、
誰かが受け取るって信じてるだけで、ちゃんと意味があるんだろうな)
⸻
配達を終えてバイクに戻る途中、スマホに通知が入った。
「評価:★★★★★
今回は受け取れずにすみません。
でも、袋の置き方があたたかくて、なんだか泣きそうでした。
本当に、ありがとうございました。」
ユウトは、そっとスマホをしまった。
それ以上、何も言葉はいらなかった。
【配達員メモ】
今日のお客様:玄関の向こうの誰か
誰が来るかも、いつ届くかも、確実じゃない。
それでも続けて注文してくれる誰かがいて、
そこに“想い”があるなら――
俺は、静かに届けていこうと思う。