第七話:「家出少女と遭遇す」
金曜の夜。
神原ユウトは、最後の配達を終えてバイクを走らせていた。
帰り道の交差点、ふとした違和感に気づいてバイクを止める。
路地裏の自販機の横――誰かがしゃがみ込んでいる。
パーカーのフードをかぶった小柄なシルエット。
明らかに、未成年だった。
(こんな時間に……)
「……おーい」
声をかけると、少女はびくっと肩をすくめた。
「……何」
「別に、なんも。
寒くないのか?」
「寒くないし」
でも、その声は鼻にかかっていて、腕はしっかり抱えていた。
ユウトはため息をつきつつ、バッグを開ける。
「さっきキャンセル入ったやつ。食べる?」
ホットドッグとおにぎり。まだあたたかい。
少女はじっと見つめてから、警戒しつつも受け取った。
「……食っていいの?」
「捨てるのもったいないし。もともと俺が食うつもりだったし」
「ふーん」
もごもごと咀嚼しながら、少女は少しだけ顔を上げる。
「うま」
「だろ」
⸻
二人で自販機の脇に座って、しばらく無言。
「名前は?」
「ひまり」
「中学生?」
「……うるさい。聞くな。どうせすぐ帰るし」
「まあ、そっか」
ユウトは、自分の高校時代のことを思い出していた。
「俺も一回だけ家出したことあるよ。三日くらいだけど」
「ふーん。で?」
「最終日、コンビニでパン盗みそうになって、ビビって帰った」
「だっさ」
「うん。ださいよな」
ふっと、ひまりが笑いかけた。すぐに真顔に戻ったけど、確かに笑った。
⸻
「……帰れそう?」
ユウトの問いに、ひまりは少し黙ってから答えた。
「……帰っても、うるさいし。
でもまあ……寒いのもやだし。
どっか、ちゃんとしたとこには行くと思う」
「ならいい」
ユウトは立ち上がった。
「じゃ、俺行くわ。帰んないとまた配達だし」
「……あんた、ウーバー?」
「うん」
「へえ……」
「じゃーな、ひまり」
そう言ってユウトがバイクにまたがると、背後で声が返ってきた。
「……ありがと。あの、ホットドッグ」
ユウトは振り向かずに片手をあげた。
「おう」
⸻
数日後。
夜の配達を終えて帰宅しようとしたとき、ユウトの住んでいるマンションの前に、見覚えのあるフード姿が立っていた。
「……よ」
「……なんでここに?」
「ちょっと調べた。ていうか、待ってた」
手にした袋を差し出す。
「今日はあたしの番。
配達……っていうか、差し入れ。ホットドッグとジュース。
あの時、助けてもらったから」
ユウトは袋を受け取り、驚きと苦笑が混ざったような顔になる。
「まさか逆配達されるとはな」
「フードの返し、ってことで」
ひまりはそっぽを向きながら言った。
「……じゃね。次は頼まなくても平気。ちゃんと帰れてるから」
そして、くるりと背を向けて歩き出した。
「……ありがとな」
思わず出たその声に、ひまりは振り向かずに、小さく手を振った。
【配達員メモ】
今日のお客様:ちょっと気の強い“逆配達少女”
誰かに何かしてあげたあと、
「ありがとう」が返ってくるのって
思ったより、じんわり効くんだな。
届けるばっかじゃなくて、
届けてもらうのも、悪くない。